ぽっぺん日記@karashi.org
2008-11-16(Sun) [長年日記] この日を編集
_ 物理学の巨人の思想に触れられるエッセイ集──
叛逆としての科学―本を語り、文化を読む22章(フリーマン・ダイソン)
「叛逆」とは穏やかではないが、もちろん革命やテロ云々といった話ではない。 著者であり、SF者にはダイソン球殻の考案者として有名なフリーマン・ダイソンは本書における「叛逆」について次のように述べている。
各文化はそれに属する人々に、地域固有の暴政を振るう。しかし、あらゆる文化の中で自由な精神が手を組み、その暴政に叛逆する。それが科学なのだ。(p.14)
それは科学に限った話ではなく、また歴史にも言えることだ──そんな思想を持つ著者のエッセイ集が本書。 The New York Review of Booksに掲載された書評を中心にして編まれている。 物理学者として名高い著者であるが、本書は科学やSFから戦争や宗教までカバーし、優れた思想家としての顔も浮き彫りにしている。
本書に収められているエッセイは全部で22篇。 原著では29篇だったものの、大部すぎるということで割愛されたとのことだが、残念に感じるのは私だけではないだろう。
正直なところ、科学については素養がないので、著者がテーマとして取り上げた本から敷衍させる論を読んでも頭の中が「???」となってしまうところもあるのだが、原爆の父ロバート・オッペンハイマーやサイバネティックスの生みの親ノーバート・ウィーナーの人物評、アインシュタインとアンリ・ポワンカレとの比較など科学的な知識がなくても面白く読めるエッセイも多い。
特に個人的に興味深かったのが、第二次世界大戦に関するエッセイ。 「科学者であるから軍事には疎いだろう」などという偏見を持ってこのエッセイを読むと、その専門的な内容に驚かされるに違いない。 しかし、英国側のオペレーションズ・リサーチ専門家として大戦を戦ったという著者の経歴を知れば、それも納得できるだろう。
著者はイギリス人にしては珍しく(?)ドイツ贔屓なようで、ドイツ軍をかなり誉めている(もちろん、ユダヤ人虐殺について激しく非難しているが)。 中でもベタ誉めに近いとも言えるのが、フランス侵攻では先陣を切り、東部戦線ではソ戦国内での戦闘、ハンガリーでの反抗作戦等で卓越した指揮官ぶりを見せたヘルマン・バルクだ。 実は、ヘルマン・バルクについてはこのエッセイで初めて知ったのだが、戦歴の数々を紹介していて参考になった。
示唆に富んだエッセイが満載の本書であるが、純粋に書評として見た場合、著者が優れた書評家といえるかどうかという点については、少々疑問だ。 というのも、エッセイとしての出来が素晴らしいのは言うまでもないが、「俎上に上がっている本を読みたくなる」タイプの書評ではないからだ。
たとえば、先日亡くなったマイケル・クライトンの『プレイ─獲物』*1の書評。 なんとダイソン先生は書評の冒頭で、ストーリーのはじまりから結末まであらすじを書いてしまっているのだ。 言うまでもなく、完全にネタばらしである。 読者の読む気を削ぐこと甚だしいと言わざるをえない。
また、科学書についても、自説を用いて反論を述べることも多く「気持ちは分かるけれど、そんなこと書いたら身も蓋もないよ」と一言いいたくなる。
本書を読んで関連本を読みたくなるかどうかはともかく、物理学の巨人の思想に触れることができる貴重な書であることは間違いない一冊だ。
関連
本書の書評を書かれている巡回先。
*1 実は積ん読になっているのだが、まぁ、それはいい。
2008-11-15(Sat) [長年日記] この日を編集
_ 「革命ごっこ」に明け暮れた学生過激派活動家の7年間──
ゲバルト時代 SINCE1966-1973 あるヘタレ過激派活動家の青春(中野正夫)
19歳だった1967年に、過激派の活動家として学生運動に身を投じた著者が、逮捕・拘置所での拘留を契機に運動を抜けるまでの7年間を回想しているのが本書。
ぶっちゃけて書くと、学生運動が「革命ごっこ」にしか過ぎなかったということを再確認できる本だ。
脚注をはじめとして、所々で開陳される著者の政治的な主張にはほとんど同意はできないが、「革命ごっこ」「ゲバ棒ごっこ」と自嘲気味に語るように、学生運動の実態を正当化や美化するのではなく、一歩引いた皮肉混じりの視点で描き出していく筆致にはそれなりに好感が持てる。 当時の学生運動のリーダーたちや元・活動家の「文化人」をバッサリと斬っている点も痛快だ。
著者は学生運動にどっぷり漬かりつつも組織に染まることはなかった自らを「ヘタレ」と称しているが、組織の維持のためにリンチ殺人を行なった連合赤軍と比較すれば、たとえ「ごっこ遊び」と貶されようが、どちらが良かったかはおのずと明らかだろう。
率直に言って、本書で語られる活動家たちについて「いったいなにがやりたかったのかなー」と思ってしまうのだが、翻って現在の田母神論文を擁護する動きを見ていると、主義主張は違えど、本質的には両者に差はないのではないかと思えてくる。 結局のところ、著者が喝破するように、主義主張なんてものは後付けの理由で、人が動く最大の要因は感情にあるということなのだろう。
若者らしい、いい加減さとともに、奔放な下半身事情(なにしろフリーセックスもありの時代だ)も赤裸々に描かれており、第一次ベビーブーマ世代の風変りな青春譚とも読める一冊だ。
なお、活動家出身の「文化人」たちを容赦なく扱き下ろしている著者であるが、例外的に笠井潔だけは評価している。 笠井の評論、 『テロルの現象学』 『国家民営化論』 の2作については「止めを刺す」とまで書いているので、機会があれば読んでみようと思う。 しかし、両方とも絶版なんだよなー。
参考
_ アップルストア銀座に行ってきた
休日出勤で銀座に仕事で行ったので、ついでにアップルストア銀座に寄ってきた。
これまでにも寄る機会はあったのだけど、Macユーザではなかったのでスルーしていた。
で、入ってみた第一印象は「結構、狭いな」というもの。 と思っていたら、全部で5フロアまであるんですな。 1階だけだと思って、そう思ってしまった。
iPhoneやMacBook、iMacをいじったり、iPhone/iPodTouchアプリのワークショップを聞いたりして、30分ほど過ごした。 特にワークショップの会場(3F)は静かだし、席もゆったりしているので、一休みするのにも穴場だと思ったり。
デモ機が豊富にあるので、心行くまで試せるのはなかなか良いですな。
あと銀座という場所柄か、それともAppleユーザの特徴なのか、オシャレな格好をしているお客さんが多いのも印象に残った。
2008-11-14(Fri) [長年日記] この日を編集
_ 電車の事故に遭遇してぐったり
東上線に乗っていたら、乗っていた電車が踏切で立ち往生した車と衝突する事故を起こしてしまった。
事故当時、2両目に乗っていたのだが、電車が警笛を鳴らしていたかと思うと、ガーンという衝撃が来て、車内の照明が一斉に消えたという感じ。 人間不思議なもので、ああいうことがあると、見知らぬ乗客同士、顔を見合わせるものなんだね。
電車が自走できなくなったので、40分ほど車内に閉じ込められた後、救急隊に降ろしてもらって、近くの駅まで歩いた。
問題はそれからで、電車は上下線とも当然止まっている、代替バスはない、タクシーもない、連絡線がある駅までは歩くのはほぼムリ、と動きようがなく、復旧するまでの間をずっと立って待っていた(ファストフード店も喫茶店ももう一杯)。 まぁ、読書は進んだけど(ぉ。
幸いにも事故発生から3時間でなんとか復旧して、乗り継ぎをしながら午前中に行く予定だった場所に14時に到着して、夕方まで作業。 結局、昼飯を食べる時間もなかった。
へろへろになり帰宅して、晩飯を食べたら、すぐにバタンキュー。
まぁ、なんにせよ、ケガ人がなくてよかった。 避難する時に、ぺしゃんこになった車も見たけど、運転していた人は亡くなったと勘違いしていた。
ちなみに、やじ馬根性が出て事故車の写真を撮ろうかと思ったのだが、もじみマークが見えて、自分の親だったらと考えると撮る気が失せてしまった(まだ両親はその歳には達していないが)。
関連
その時のニュースや新聞記事。


まで頂ければ幸いです。
海上保安官(坂本 新一)
海をひらく(桜林美佐)
ぼくは猟師になった(千松 信也)
神の家の災い (創元推理文庫 M ト 7-3)(ポール・ドハティー)
一人ひとりに未来を創る力がある テラ・ルネッサンス 1―「心を育てる」感動コミック VOL.3(田原 実)