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ぽっぺん日記@karashi.org


2005-01-13(Thu) この日を編集

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かなり寝坊気味。

慌てて出掛けて、いつもの電車に乗れたのは良かったが、ダイヤが大幅に乱れていて出勤が定時ぎりぎりになる罠。

_ 仕事

事務仕事ほか。

お客さん訪問1件。

_ 象られた力 kaleidscape (ハヤカワ文庫 JA)(飛 浩隆) 象られた力 kaleidscape (ハヤカワ文庫 JA)(飛 浩隆)

それほど期待していなかったのだが、読んでビックリ、俺が読んだ去年出版のSFの中では『万物理論』と並んでベストと評していい本だった。特に『デュオ』の音楽や、表題作である『象られた力』のシンボル群など、聴覚・視覚的な要素を違和感なく、硬質な文章に溶け込ますことができる力には感心した。

SF的なアイデアの斬新さと言う点では『万物理論』だが、小説の完成度と言う意味では、文句なしにこちらに軍配が上がる。*1

著者の他の作品は読んだことがないのだけれど、個人的に要チェック。

*1 総じてイーガンの長編は、小説の下手さが目立ってしまう感じがするので、短編集と比べるのはアンフェアなんだけれども。

_ Braun オーラルB 3Dエクセル 電動歯ブラシ スタンダードタイプ D17525u Braun オーラルB 3Dエクセル 電動歯ブラシ スタンダードタイプ D17525u(2)

今日から使い始めたが、磨き終えた後の歯のツルツル感がなかなか良い。


2006-01-13(Fri) この日を編集

_ できごととか雑感とか

  • 直行でお客さん訪問。高崎線の信号機故障で、現地に行き着くまでえれー大変でしたよ。
  • 週間天気予報で暖かくなると言っていたような気がするが、今日は寒いですよ。雨降りそうだし。

_ jailのPAGERをlvにしたところトラブった

jexec JID /bin/tcshでjailに入ってmanすると、

/dev/tty: Device busy

とエラーが吐かれる。

PAGERをjlessに戻して対処。

_ メインのブラウザをwww/firefoxからwww/linux-firefoxにしてみた

初心者もOK! FreeBSD質問スレッド その69を読んで。

www/firefox(ネイティブ版)よりもフォントが汚ない感じがするが、設定で直るのかな。

動作は確かに速い気がする。Flash7もばっちり。portsのmake時にcompileしなのも、あまり速いマシンを持っていない身にはありがたい。


2007-01-13(Sat) この日を編集

_ 防火訓練で大惨事

youtube.rbのテストも兼ねて貼ってみる。

不謹慎にも笑ってしまった。

_ net-mgmt/nagiosをjailで動かそうとしてハマった

jailではICMPが使えないんだった。すっかり忘れてた。

なんでcheck_pingが使えないのかなーと悩んでしまったよ。

host環境で動かすしかないかなー。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ otsune [sysctl.confでsecurity.jail.allow_raw_sockets=1にすればいけるかも?]

_ poppen [うは、 > security.jail.allow_raw_sockets=1 の存在をすっかり忘れてました。 j..]


2008-01-13(Sun) この日を編集

_ 裁かれた罪裁けなかった「こころ」―17歳の自閉症裁判(佐藤 幹夫) 裁かれた罪裁けなかった「こころ」―17歳の自閉症裁判(佐藤 幹夫)

2005年2月、大阪府寝屋川市の小学校に17歳の少年が侵入した。 少年は持っていた包丁で教師一人を殺害し、二人の教職員に重傷を負わせた後、その場で取り押さえられ逮捕される。 少年は当初、小学校に恨みを持って犯行に及んだとされていたが、2度の精神鑑定の結果、自閉症圏の障害である広汎性発達障害を持ち、対人関係や社会性に障害があると診断された。

2001年に浅草で起きた女子短大生刺殺事件(レッサーパンダ事件)の真実に迫ったルポルタージュ、『自閉症裁判』を上梓した著者が、公判の傍聴と弁護士への取材を通じて、事件の実相に迫っているのが本書。

広汎性発達障害とはなにか。乱暴を承知で、本書の中で紹介に解説されている記述を纏めれば、

「知能の遅れこそないが、言葉を字義通りにしか受け取れず、自分を状況に応じて対象化することができない。つまり、相手側の立場に立てない障害」

ということができるだろう。

加害者である少年は、逮捕後の取調べや公判を通じても、自身が犯した犯行について真摯に反省している態度を見せることはない。しかし、それは「反省しない」のではなく、「反省できない」ができないという事実を、著者は浮き彫りにしていく。

そのような状況で、少年をどう裁くべきなのか。 弁護側は、少年が長期間のケアなくしては事件を見つめ直して贖罪するという意識が持てないことを理由に、少年院での更生を目指すべきだと訴える。 一方、検察側は、少年の広汎性発達障害は認めるものの、加害者の知能および事件の重大性と被害者感情を考え、少年刑務所での処遇を主張する。

著者は、どちらかと言えば、加害者側の立場で本書を著しているが、できる限り公正な視線で事件を見つめようとする。 そのひとつが第6章に記された遺族や被害者たちの峻烈な声だ。 突然、愛するものを奪われた家族の慟哭や、後遺症に悩む被害者たちの姿は胸を強く締めつけてくる。

少年犯罪への厳罰化が叫ばれているのが最近の世論の動向だ。 しかし、加害者が本件のような障害を持っていた場合は、健常者の視点で裁けばそれでよしとするのか。 また、障害者を持った加害者に司法が配慮するのであれば、被害者側の気持ちはどう汲むべくなのか。 本書は、様々な形で読み手の心を揺さぶってくる。

裁判員制度が開始されれば、我々が裁く立場になる可能性がある。 改めて「裁く」とは何かを考えさせる本書を読むことは、自分が裁く立場にたった時のためにも有益だろう。 前掲の『自閉症裁判』や、 『累犯障害者』『殺された側の論理』 とともにオススメしたい。

本書の最後は、検察および被告が上告をしたところで終わっているが、二審、少年に一審より重い懲役15年の実刑判決が言い渡され、検察、被告ともに上告せず結審したことを付記しておく。


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