ぽっぺん日記@karashi.org
2002-10-03(Thu) 曇 この日を編集
_ 起床
6 時半。4 時頃に起きて、仕事をしようと思ったんだけど、ダメだった。
_ 仕事
事務仕事を片づける。
_ 殺虫(2)
また 1 年以上前に書いた PHP プログラムのバグ取り。
激しく読み難いソース(って俺が書いたんだけども)に、頭痛を通り越して吐き気を感じながらも、なんとかバグ退治を完了。はー、疲れる。
_ 22 時に
よく会社に来る営業さんよりメール。22 時に会社にいるんですかね。すげー。
2004-10-03(Sun) この日を編集
_ tdiarysearchを設置した
halchanさんとこを読んで知った。
namazuを設置するのは、ちと面倒そうだなーと思っていたところなので非常にタイムリー。でも、それなりに重いらしいので、あまりサーバに負荷がかかるようだと、ちと対策を考えないといけないかも知れない。
とりあえず試験運用ってことで。
_ HRSさんとこより: Serial console
秋月*1で1200円で買えるらしい。安っ。今度秋葉原に行ったら買わんと。
*1 全然関係ないが、俺は「秋月」と聞くと、まず駆逐艦を思い浮かべてしまう。
_ 毎日新聞、書評・私の本棚より: 「ヴィシー時代のフランス」の書評が半分が仮想戦記になってる
ヴィシー時代のフランス―対独協力と国民革命1940‐1944 (パルマケイア叢書)(ロバート・O. パクストン)についての書評。
そこで一つ、パラレル・ワールドSFにならって、日本の歴史に「イフ」をかけて、日仏の間に無理にアナロジーを作ってみることにする。
一九四四年六月、マリアナ沖海戦で大敗した日本は休戦を決意、東京以南が連合国の占領地域、以北が日本政府による間接統治という休戦条件を受け入れる。日本が国体の護持と海外領土の保全を願ったのに対し、英米は対独戦争に全力を注ぎたかったので、双方の思惑が一致したのだ。政府が草津に置かれたことにより、「草津政権」と呼ばれた。
この「草津政権下の日本」では何が起こったのか? 敗戦に直面した日本人は軍国主義を深く反省し、財閥解体、農地解放、累進課税などの徹底した民主化へと突っ走った。「草津政権」はそれが日本再建の道と信じたのだ。軍国主義者のレジスタンスを弾圧したり、ナチのUボートを撃沈したりもした。ところがなんとしたことか、一九四五年三月、ナチス・ドイツは原爆を完成。形勢は一気に逆転し、第二次大戦は連合国側の敗戦で終わる。日本はナチによって「解放」され、「草津政権」関係者は粛清裁判にかけられた。彼らは「草津政権」は占領軍に対する「楯」として機能したのであり、日本の植民地化を防いだと反論したが、処刑された。「草津政権」は再び軍国化した日本で忌まわしい記憶として抑圧されるようになる。
[書評より引用]
結構良い感じなので、このネタで誰か仮想戦記を一本キボンヌ。
_ 俺が「くそったれ」と悪態をつくのは、思春期に船戸与一を読みまくった所為
急に思い出したのでメモ。
最近はそうでもないと思うが、昔の船戸与一の一人称の小説は、主人公が「くそったれ」と悪態をつくことが多かった。
2005-10-03(Mon) この日を編集
_ 2005年9月29日のMURAJIの戯れ言より
法律第八十号(平九・六・一三) ◎核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律の一部を改正する法律について。
ただ、この法律は 「この法律は、包括的核実験禁止条約が日本国について効力を生ずる日から施行する。」 となってます。 ちなみに包括的核実験禁止条約が施行されるには、あとアメリカ合衆国、イスラエル、イラン、インド、インドネシア、ベトナム、エジプト、コロンビア、中国、朝鮮民主主義人民共和国、パキスタンの批准が必要だそうで。 ……当分、日本で核爆発を起こしただけでは罪になりそうもないですね
なるほど。法律についてはど素人なため、包括的核実験禁止条約は「批准 = 効力が生じる」と思い込んでいました(恥)
PLUTO (1)(浦沢 直樹/手塚 治虫)

まで頂ければ幸いです。
海上保安官(坂本 新一)
海をひらく(桜林美佐)
ぼくは猟師になった(千松 信也)
神の家の災い (創元推理文庫 M ト 7-3)(ポール・ドハティー)
一人ひとりに未来を創る力がある テラ・ルネッサンス 1―「心を育てる」感動コミック VOL.3(田原 実)
_ こさか [いつも早く起きてられますね。とツッコませてもらいました。アンテナで捕捉させてもらってます。今後ともよろしくお願いしま..]