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ぽっぺん日記@karashi.org


2004-10-03(Sun) [長年日記]

_ 未明

えらく激しい雨が降り出して、一度、目が覚めた。

すぐにまた寝た。

_

前日の天気予報によると、今日は一日中、雨。

犬を洗おうと思っていたんだが、無理だな。

親戚の四十九日の手伝いに出掛ける妻を車で送って行った。帰りに買物をする。

_

一人なので暇。

雨が降っているので出掛けるのも面倒だしな。

_

妻を迎えに行く。

四十九日に参列していた叔母を家まで送った。

途中、ハーブ園のレストランでお茶。天気が悪かった所為か、がらがらだった。

_ tdiarysearchを設置した

halchanさんとこを読んで知った。

namazuを設置するのは、ちと面倒そうだなーと思っていたところなので非常にタイムリー。でも、それなりに重いらしいので、あまりサーバに負荷がかかるようだと、ちと対策を考えないといけないかも知れない。

とりあえず試験運用ってことで。

_ HRSさんとこより: Serial console

秋月*11200円で買えるらしい。安っ。今度秋葉原に行ったら買わんと。

*1 全然関係ないが、俺は「秋月」と聞くと、まず駆逐艦を思い浮かべてしまう。

そこで一つ、パラレル・ワールドSFにならって、日本の歴史に「イフ」をかけて、日仏の間に無理にアナロジーを作ってみることにする。

 一九四四年六月、マリアナ沖海戦で大敗した日本は休戦を決意、東京以南が連合国の占領地域、以北が日本政府による間接統治という休戦条件を受け入れる。日本が国体の護持と海外領土の保全を願ったのに対し、英米は対独戦争に全力を注ぎたかったので、双方の思惑が一致したのだ。政府が草津に置かれたことにより、「草津政権」と呼ばれた。

 この「草津政権下の日本」では何が起こったのか? 敗戦に直面した日本人は軍国主義を深く反省し、財閥解体、農地解放、累進課税などの徹底した民主化へと突っ走った。「草津政権」はそれが日本再建の道と信じたのだ。軍国主義者のレジスタンスを弾圧したり、ナチのUボートを撃沈したりもした。ところがなんとしたことか、一九四五年三月、ナチス・ドイツは原爆を完成。形勢は一気に逆転し、第二次大戦は連合国側の敗戦で終わる。日本はナチによって「解放」され、「草津政権」関係者は粛清裁判にかけられた。彼らは「草津政権」は占領軍に対する「楯」として機能したのであり、日本の植民地化を防いだと反論したが、処刑された。「草津政権」は再び軍国化した日本で忌まわしい記憶として抑圧されるようになる。

[書評より引用]

結構良い感じなので、このネタで誰か仮想戦記を一本キボンヌ。

_ 俺が「くそったれ」と悪態をつくのは、思春期に船戸与一を読みまくった所為

急に思い出したのでメモ。

最近はそうでもないと思うが、昔の船戸与一の一人称の小説は、主人公が「くそったれ」と悪態をつくことが多かった。

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