ぽっぺん日記@karashi.org
2007-03-11(Sun) [長年日記]
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狙撃手(スナイパー)(ピーター ブルックスミス)
いかなる状況においても、狙撃とは、はっきりした分別をもって、冷静に人を殺す技である。(p.180)
狙撃手の実態に技術、心理、装備、歴史など多方面から迫ったものが本書である。
同じく狙撃手を取り上げた類書として、
戦場の狙撃手(マイク ハスキュー)があるが、あちらが主に狙撃手の歴史に重きを置いているのに対して、本書は狙撃手の心理や訓練方法、実戦で使われるテクニックなどメインテーマとしている。別の言い方をすれば、狙撃手を中心に戦場の歴史を俯瞰したものが『戦場の狙撃手』であり、スコープを覗き標的に狙いを定める狙撃手自身に注目したのが本書と言えるだろう。
特筆すべき点として、本書では、『戦場の狙撃手』では取り上げられなかった*1警察組織のおける狙撃手について1章(第3章「こちら了解」)を割り当てていることが挙げられる。
軍と警察における狙撃手の心理面・技術面での相違の他、ガラス越しの狙撃についての解説も非常に興味深いのだが、以前から疑問だった、人質に銃を突きつけ、盾にした犯人への狙撃についての解説がされていたのは個人的な収穫だった。
疑問だったのは、上記のような状況で犯人を狙撃した場合、たとえ、それが脳に対する一撃だったとしても、犯人は反射的に引き金を絞ってしまうのではないか、という点である。本書では『警察のライフル』の著者、リチャード・フェアバーンの言葉として以下のように述べている。
肉体は弾丸を受けることによって緊張が高まるのではなく、和らぐものだ。中枢神経系への突然の衝撃は、結果的に筋肉を緩めるので、発作的に引き金を引くなどということはないというのが、多くの神経学の専門家に共通する意見だ。(p.160)
『戦場の狙撃手』と同様に、豊富な写真が掲載されているのが本書の特徴であるが、個人的に衝撃を受けたのが、p.49のボスニア内乱下のサラエボのアパートにおいて狙撃体勢を取っている22歳の若き女性ナディアだ。顔のほぼ半分がスコープに隠れているため、はっきりとは分からないが、整った顔立ちのようである。*2そのきれいに口紅を引いた唇と狙撃という行為のギャップに、なんともやるせない思いがしてしまう。
最後に狙撃手の孤独について語った一節を引いておこう。
引き金を引き、敵の命を奪うことは、彼らの命を自らの手に握ることだ。そして、狙撃手は、彼らの最後の一瞬の光景を、一生背負っていかなければならない。(p.237)
『戦場の狙撃手』とともに、狙撃手について興味を持つ人にお薦めしたい一冊である。
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自閉症裁判―レッサーパンダ帽男の「罪と罰」(佐藤 幹夫)
最近、刑法39条についての削除を求める世論の声が大きくなっているように思う(参考:責任能力)。
個人的には、罪は罪として裁かれなければならず、そうしなければ、正義は為されないと考えているので、刑法39条削除には賛成するのだが、では、本書で取り上げられているような自閉症による固有の世界を持つ人々を裁くにあたって、健常者の視点のみで裁くことが完全に正しいのかと問われれば、正直、答えに窮してしまう。
2001年4月に浅草で起きた女子短大生刺殺事件。当初、事件についての報道は、当初、犯人の男がレッサーパンダ帽をかぶっていたという異常性から加熱するが、男が養護学校出身ということが判明した途端、沈静化、マスコミは言葉少なに男の責任能力の有無のみを報道するようになる。
そんな中、4年に渡る裁判を傍聴し、被害者・加害者双方の関係者に取材をし、事件の真実に迫った渾身のルポルタージュが本書だ。
著者は元・養護学校教員という経歴で、本人も述べている通り「いわば福祉サイドの人間」(p.30)である。しかし、著者が本書で主張しているのは、減刑や無罪の必要性ではない。あくまでも罪は罪として認め、その上で、障害者の視点を理解しつつ、その罪が裁かれることなのだ。
取材を通じ、著者は、19歳のいう若さで命を奪われた被害者の家族の嘆きに苦悩し、病魔をおして家計を支え、25歳で亡くなった加害者の妹を知り、怒りを覚える。著者の加害者に対する怒りが印象深かったので引用しておく。
兄妹の二つの人生をこうして並べると、いまさらながら言葉をなくす。ここにO・Mさんの二〇年に満たない生を重ねるなら、改めて激しい怒りが湧き起こってくるのが抑えがたい。徒労感さえ感じる。この男にいま与えられる生は、O・Mさんと妹という二人の女性の、これ以上のない犠牲の上に成り立っている。そのことがなぜ理解できないのか。福祉がどうした司法がどうした、という以前の問題ではないか。そんな気さえしてくる。(引用者注:O・Mさんとは被害者のこと)(p.296)
また、著者は、知的ハンディを持つ人々が犯罪(その8割が無銭飲食や無賃乗車、置き引き、自転車盗などの微罪である)を犯した際、供述が強要もしくは捏造された後、そのまま裁判にかけられ服役、出所後も福祉の網から毀れ落ちるという、「孤立─犯罪─有罪判決─受刑─出所─孤立……」のスパイラルが現実であることも指摘している。著者はその対策として、
取調べがビデオ収録などによって可視化されること、テープ収録されること、取調べ段階において弁護人もしくは、事情をよく知る福祉関係者などの立ち会いを認めること。出所後の福祉支援を制度化すること。(p.241)
を挙げている。再犯を防止し、このような傷ましい事件を二度と起こさないためにも、出所後の福祉支援は国を挙げて行なうべきであろう。
また、この裁判では供述調書の正当性が争われた経緯がある。裁判の短期化が被害者救済の一つであるならば、少なくとも供述調書の正当性について争う可能性が低くなる分、裁判の短期化には寄与するであろうし、鹿児島で起きた公選法違反を警察が捏造したとされるような事件を防止する意味でも、取調べの可視化は強く進められていくべきだろうと思う。
なお、本書は男が控訴を決意するところで終わっているが、本書の出版直後、2005年4月に控訴を取り下げ、結審している。
2009年には裁判員制度が開始される予定になっている。我々自身が本書で取り上げられたような障害を持つ被告を裁く立場になる可能性もある。そのような時のための考えの一助として、ぜひ読んで欲しい。
_ 図書館の廃棄雑誌リサイクルに行ってきた
「本の雑誌」のバックナンバーを貰ってきた。うはうは。
「SFマガジン」のバックナンバーもあったんだけど、ほとんど読んだからいいやと、スルー。コレクションするにしても重いし、場所食うし、まぁ、仕方ないやね。
_ technobahn.comのEFTが動かなくなっていたので修正
--- technobahn_com.yaml.orig Sun Mar 11 17:36:41 2007 +++ technobahn_com.yaml Sun Mar 11 17:39:49 2007 @@ -1,4 +1,5 @@ #upgrade http://www.technobahn.com/index2.xml author: Masafumi Otsune handle: http://www\.technobahn\.com/cgi-bin/news/read2\?f=\d+ -extract: (<center><table width=\d+ height=\d+ border="0"><tr>.*?)<hr style=" +extract: <td bgcolor="#ffffff" height="10" valign=top>(.*?)<div id="layer-zoomin" style="position:absolute; z-index:2; visibility: hidden"> +extract_capture: body
とりあえず、手元の環境では動いているような気がする。
_ Gmailで「アカウントはロックされています」ktkr
Plaggerで送っておいたblogのエントリを読んでいたら、突如、
お客様のアカウントで不正な操作が検出されました。Gmail ユーザーを不正行為から保護するため、このアカウントは 24 時間無効になっています。
だって。1時間くらいで1000通くらい読んだからかな?
お客様のアカウントで不正な操作が検出されました。:Gmail大技林によると、数時間で解除されることがほとんどということらしい。
今日は早めに寝た方がいいということかも知れん。
と思ったら、もう直った
なんだったんだろう。
_ 成毛眞氏が筋金入りの活中だったとは知らんかった
トンで本を計算するっていうのも凄いが、高校時代の読書はSF一辺倒だっというのも意外。
行き帰りのタクシーのなかでもずっと読んでいますよ。行き帰りタクシーにしているのも、本を読むためです。電車の乗り換えで読書を寸断されるぐらいだったら、5000円払って本を読んでいる時間を1時間取った方が得じゃないですか。
よく車酔いしないなーと思ったりもするんだが、本が読みたい貧乏人は、超遠距離通勤しろってことか(違う)。


まで頂ければ幸いです。
叛逆としての科学―本を語り、文化を読む22章(フリーマン・ダイソン)
ゲバルト時代 SINCE1966-1973 あるヘタレ過激派活動家の青春(中野正夫)
http://plagger.org/trac/changeset/1935<br>動作確認してコミットしました
なんだか自信がなくて、もう少し手元で確認してからTBをotsuneさんに送ろうかなと思っていました。素早いご対応どうもありがとうございます。