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2007-06-15(Fri) [長年日記]
英公文書館に眠っていた機密文書を基に、英国から見た第二次世界大戦前後の日本の姿を 照射するのが、本書『英国機密ファイルの昭和天皇』である。
「外套と短剣」とはスパイを表す代名詞だが(外套は合法活動、短剣は非合法活動を示す)、 本書を通じて明らかになる、英国のずば抜けた情報収集能力と分析能力は、まさに「外套と短剣」の国そのものである。 常に日本国内の同行に目を光らせ、日本に限らず、様々な暗号電を解読していた英国の能力には今更ながら驚かされる。
本書は戦前編および戦後編の二つのパートで構成されている。
戦前編の読み所は日米開戦を回避するために尽力した日英関係者のエピソードだろう。
日本側の動きでは、駐英大使を勤めていた吉田茂による中国問題に関する日英協調工作「吉田・イーデン秘密計画」が 目を引く。著者は英公文書館の文書から、従来、吉田茂のスタンドプレーとされていた工作が、 実は国内の穏健派グループの意を受けてのものであったという事実を発見する。計画自体は、盧溝橋事件を発端とする 日中戦争の勃発により成立することはなかった。今日的な視点で見ると、軍部が独走し、大多数の国民がそれを支持し、政府が追認するという 当時の構図があった以上、日英関係の改善により国際的な孤立を脱却するという穏健派グループの思惑は、他力本願にすぎる上、見通しが甘すぎたと 言わざるを得ないが、このような外交努力があったことを知ることは無駄ではないだろう。
一方、英国側では、1942年まで駐日英国大使を勤め、日英関係の改善のために骨を砕いたクレーギーのエピソードが印象的だ。 クレーギーは、日米和平を取り持つよう、度々本国へ進言するが、日米開戦を望んでいたチャーチル率いる本国政府に握り潰されてしまう。 結局、クレーギーの努力は実らなかった訳であるが、吉田茂を始めとするクレーギーと親交を結んだ日本人は、クレーギーが日本のために 尽してくれたことを忘れず、帰国後、チャーチルの不興を買い、不遇を囲うことになった彼に、戦後、様々な形で友情を示そうとする。 著者はこう書く。
現代は順風な時だけ親しく付き合い、逆境に置かれると交際を絶ってしまう者が多い。それに比べ、古き良き日本人の気骨を感じさせた。(p.134)
これこそ真の日本人の美徳であろうと思う。
戦後編でも、歴史に興味を持つ読者であれば、楽しめること請け合いの様々なエピソードが語られる。
占領下の日本に絶対的な権力を持ち君臨したマッカーサー率いるGHQに対し、皇室は終始、友好的な態度を崩さずも、 生き残りをはかるため、バチカンや英国とコンタクトを取ろうとしていたという事実や、立憲君主制を理解せず、独断で日本の政治体制を 強引に変えていこうとするGHQについて英国が苦々しく思っていたこと、また皇室との関係強化を試みるため、英国政府が 皇太子(現・平成天皇)の英語教師を送り込むことに強い意欲を持っていたエピソードなどが興味深かった。
著者は、現在の英国による対日工作についてこう著す。
今この瞬間にも、彼(引用者註:現・皇太子)をターゲットにした情報活動が深く静かに進んでいるはずだ。(p.223)
皇太子が英国に留学したのは、もしかして、対日工作の一環だったのだろうか。そんなことを勘繰ってしまった。
さて、本書には、昨今、そのダンディズムとGHQに逆らった反骨精神でちょっとしたブームである、白洲次郎が重要人物として登場する。 白洲次郎については、憲法改正論議とも絡み、ナショナリズムの一つのシンボルとして見なす動きもあるようであるが、 本書で語られる戦後の彼の活動の一側面は、日本人でありながら、まるで英国企業のエージェントであるかのようで、あまり好ましい印象は受けない。 その背景にあった心理は何なのか。 白洲次郎もまた、戦争に傷付き、苦しんだ一人の人間だったという事実を明らかにする本書を、もう一つの白洲次郎評として評価したい。
ただ、苦言を呈したいのが『英国機密ファイルの昭和天皇』というタイトル。 昭和天皇ばかりに焦点を当てている訳ではない以上、率直に言って、このタイトルは、本書の内容を的確に表現しているとは言い難い。 マーケティング的な要請があったのかも知れないが、もう少し内容に則したものに出来なかったのだろうかと疑問に思う。
また、あくまでも第二次世界大戦前後に焦点が絞られており、戦中の英国による対日工作についても読んでみたかった。 もし次回作があるならば、ぜひ、戦中について取り上げて頂きたい。
日米関係に比べ、あまりクローズアップされることのない第二次世界大戦前後の日英関係に光を当てたという点でも高く評価できる良書である。
- 徳本 栄一郎
- 新潮社
- 1470円
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書評/ルポルタージュ

英国機密ファイルの昭和天皇(徳本 栄一郎)



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