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ぽっぺん日記@karashi.org


2007-07-07(Sat) [長年日記]

_ 日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか (講談社選書メチエ 386)(小谷 賢) 日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか (講談社選書メチエ 386)(小谷 賢)

今まで断片的にしか知られてこなかった日本軍のインテリジェンス活動について総合的に考察しているのが本書。

結論から言うと、まさにエポッキメイキングな一冊だった。たぶん、これからの日本軍のインテリジェンス活動研究の上で、 一つのマイルストーンとして語られることになるのではないかと思う。

先の戦争において、日本の敗戦の原因の一つが情報の軽視だったとは、よく言われることだが、では、実際の インテリジェンスに関する活動はどのようなものであり、その能力はどの程度だったのかという点については曖昧なままだった。 筆者は、防衛省防衛研究所に所蔵されている情報関連の史料を活用し、その実態を明らかにしている。

本書を読んで驚くのが、陸軍のインテリジェンス活動についての能力の高さだ。

暗号解読については、米外交暗号の中でも最も高度と言われたストリップ暗号を解読するほどであったし (ただし、暗号解読が軍部の外交への干渉を助長させる要因になったとも指摘されている)、ソ連との間で 繰り広げられていた情報戦はスパイ小説もかくやという熾烈なものであった。

暗号通信の作成にはあまり関心が払われず、米英に暗号を解読されることも多々あったようであるが、その規模を 考えれば、米英の情報機関と比較しても遜色がないと思える(多少、贔屓目ではあるかもしれないが)。

一方で、海軍のインテリジェンス活動はどうだったか。

通信情報(シギント)については、かなり優秀であったようである。方位測定の活用により米軍の進路や開始時期を特定する成果を上げ、 戦果評価にしても、作戦部があまりにも楽観的にすぎる評価をした台湾沖航空戦の実際の戦果を正確に見積っている。

ただし、人的情報(ヒューミント)については、お寒い限りだ。インテリジェンス活動の経験もない素人のイギリス人をアメリカにおける スパイとすべく、大量の資金*1を投入するが、 目に見える成果を上げることができなかった。また、防諜活動についても同様で、ざっと上げるだけでも、ミッドウェー作戦における作戦内容の漏洩、 米軍に暗号が解読されていたことにより発生した山本長官撃墜事件(海軍甲事件)、古賀長官の遭難事故により機密書類が米軍の手に渡った海軍乙事件を引き起こしている。

では、それなりに高い能力を持っていたにも関わらず、なぜ、情報軽視が敗戦の要因の一つとまで数えられるようになり、『あまりに杜撰な報告に天皇が「サラトガが沈んだのは今度でたしか4回目だったと思うが」と及川古志郎軍令部総長に苦言を呈す(p.135)』惨状になってしまったのか。

著者はその原因として、次のものを上げている。

  1. 組織化されていないインテリジェンス(インテリジェンス活動は組織ではなく、個人の努力によって支えられていた)
  2. 情報部の地位の低さ(「作戦重視、情報軽視」の思考により人員と予算は作戦部に優先的に投入され、また情報分析も作戦部によってなされた)
  3. 防諜の不徹底(海軍の機密漏洩が顕著)
  4. 目先の情報運用(短期的・作戦レベルの情報運営には秀でていたが、中長期的・戦略レベルの情報運営が行なわれなかった)
  5. 情報集約機関の不在とセクショナリズム(組織間で情報共有が行なわれなかった)
  6. 長期的視野の欠如による情報リクワイアメントの不在(政治家や政策決定者に情報に関する理解がなかった)

こうして並べてみると、現在の日本、それも政府組織だけでなく、企業にも通じる問題であるように感じられるのは私だけではないだろう。

終章では、著者は、上記の問題点を教訓として、今後の日本のインテリジェンス活動がどうあるべきかを提言している。 進むべき未来を知るためにも、歴史を客観的な視点で考察する必要がある。歴史や戦争、インテリジェンスに興味がある人に強くお薦めしたい。

*1 当時の貨幣で数万ポンドにもなるという。現在の貨幣価値に換算すれば、数億〜10億円くらいになるだろうか。

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