ぽっぺん日記@karashi.org
2007-09-01(Sat) [長年日記] この日を編集
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地図で読む世界情勢 第2部 これから世界はどうなるか(ジャン-クリストフ ヴィクトル/ヴィルジニー レッソン/フランク テタール)
本が好き!経由で献本して頂いた。
地図とデータを通して、世界が抱えるグローバルな諸問題を俯瞰しているのが本書。原書は、フランスの人気教養番組が15周年を迎えたことを記念して出版されたものということで、日本の類書とは、また違う視点で世界情勢を分析しており、オススメできる良書となっている。
本書の目次は下記の通り。
- 第6章 戦争の論理
- 紛争──戦争とその理由
- 正しい戦争はあるのか?
- テロリストの居場所──暴力の論理と力学
- 核拡散──地政学的リスクはこう変わる
- チェチェン──次の大いなる火種
- コロンビア──世界の麻薬戦争の行く末を占う
- コートジボアール──なぜ一つの国が南北に別れたのか?
- アフガニスタン──なぜこの地が戦場となったか
- 第7章 持続不可能な発展
- グローバル経済を地図化する
- 国家の豊かさと貧困──数字の陰にあるものは?
- 世界は自給自足できるか?
- 健康の不平等──平均寿命の陰に隠れているもの
- 執行猶予中の地球──選択のとき
- 危機に瀕する海──本当の犯人と見かけだけの犯人
- トルコの巨大ダム──政治問題化する水資源
- カリフォルニア──アメリカン・ドリームの終焉
- ギニア湾──石油開発かウミガメか?
- 北西航路──海の新しい航路
- 気候温暖化──氷で将来がわかる?
第1章〜第5章は、本書の前半となっている
地図で読む世界情勢 第1部 なぜ現在の世界はこうなったか(ジャン-クリストフ ヴィクトル/ヴィルジニー レッソン/フランク テタール)に収められているため、本書は6章からのスタートとなっている。
本書を価値ある一冊足らしめているのが、その視点である。本書では、取り上げる様々な問題について、従来から言われてきたような解説を繰り返すのではなく、新たな面を取り上げている。
たとえば、深刻な問題となっている地球温暖化であるが、「北西航路」では、その波及効果について解説している。なんと、北極海の流氷群が後退することによって、新たな航路が開通するというのだ。本書はこう解説する。
もし氷から解放された航路が開通したら、ヨーロッパとアジアの行程は、スエズ運河やパナマ運河を経由するより6000キロから8000キロ短縮される。(p.102)
もちろん、このような効果があるからと言って、地球温暖化が歓迎される訳では決してないが、このような環境問題にさえ影響を受け、また利用するのが経済活動であるということを知ることは、大切なことであろう。
また、「正しい戦争はあるのか?」では、国民を弾圧しているアルジェリアに、なぜ、国際社会が介入しないのかが説明されている。本書はこう語る。介入により、もし政権が崩壊すれば、
大量の移民がヨーロッパに流入する怖れがあるからだ。(p.17)
世界がかくも冷徹なものであるということを知ることも、また大事なことであろう。
各トピックに割かれている頁数は、4〜6ページ程度なので、それほど詳細に解説が加えられている訳ではない。そのため、「解説に不足がある」と評価する向きもあるかも知れないが、個人的には、この文量だからこそ、本書の価値があるのではないかと思う。 本書のように、さっと読めることができるページ数で、地球上の諸問題の概要と、従来にはない視点の解説が読める本がどれだけあるのか。少なくとも極めて稀有な存在であるということだけは間違いないだろう。 もっと詳しく知りたい事柄があれば、本書を文字通り「地図」として使い、さらに深く探っていけばいいのだ。
世界情勢が決して通り一辺倒なものではないということを知る上で、これからの世界を担う中高生にこそ読んで貰いたい一冊だ。
なお、間違いらしきものを見付けたので、付記しておく。p.67に掲載されている15歳〜49歳のHIV感染者率を示した地図で、韓国の感染者率が10%以上となっているが、これは印刷ミスかなにかであろうと思う。
- ジャン-クリストフ ヴィクトル/ヴィルジニー レッソン/フランク テタール、鳥取 絹子
- 草思社
- 1575円
livedoor BOOKS
書評/教育・学習

2007-09-05(Wed) [長年日記] この日を編集
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なんにもないところから芸術がはじまる(椹木 野衣)
本が好き!経由で献本して頂いた。
『新潮』に連載された、椹木野衣による評論を一冊に纏めたものが本書。 芸術というと、妻は趣味で水彩画や鉛筆画を描いたりしているのだが、私自身はほとんど 縁がなく、せいぜい、たまにNHK「新日曜美術館」を見るくらいなものだったりする。 そんな訳で、本書は「俺でも読めるかなー」という半ば挑戦のような形で読んでみたのだが、 まったく知らなかった現代芸術について新鮮な感覚で読むことができ、なかなか面白い読書体験だった。
本書に収められている評論は下記の通り。
- 希望のための、ささやかなテロ、のようなもの
- K.K.の密室
- 「うまい」ことの煉獄
- 血染めのウィーン観光案内
- 火の山の麓で──三松正夫と昭和新山
- バリ島、幽体離脱的文化ガイド
- 榎忠と「半刈り」の世界
- 真昼の星空、ラジオと彗星
- 二〇世紀の大きな振り子
- 文化における岩盤の露呈について
- 大竹伸朗―─寒さと残酷さからなる響きのブルースI
- 大竹伸朗―─寒さと残酷さからなる響きのブルースII
『希望のための、ささやかなテロ、のようなもの』で言及されている飴屋法水の暗室に24日間篭るという、個人的にはなんの意味があるのか、さっぱり分からないパフォーマンスにも色々な意味で衝撃を受けたのだが、 それを上回るインパクトを受けたと同時に、個人的に本書の一番の収穫だったのが、『榎忠と「半刈り」の世界』を読んで初めて知った榎忠だ。
榎はなんといっても、その生き様が凄い。榎の代表作は「半狩り」とパフォーマンスだが、その実態は全身の体毛を頭からつま先まで半分剃り落とすというものだ。 それが一過性のものであれば、まぁ、変わった人がいるな、くらいなレベルのものだが、榎は この格好で、電車通勤をしていたというのだから、びっくりしてしてしまう(そう、榎は「日曜芸術家」なのだ)。 p.137には「半狩り」の写真が掲載されているが、思わず吹き出してしまった。
さらに笑ってしまうのだ、「半狩り=ハンガリ」だからと、それだけの理由でハンガリーに行ってしまうという行動力。榎の妻もその旅に同行するのだが、その感想が、
パスポート写真との不一致やヴィザの確認、不審人物の疑惑などに悩まされながらブタペストからルーマニア国境近くの目的地デブレッツェンまで列車で向かう途中には、さすがになぜこんなことをしているのかと妻は泣けて来た(p.138)
というものだったそうだ。 なんと言うか、凄いバカっぷり(誉め言葉)で、あー、こういう人が日本にもいるんだな、と思うと、なんだか清々しい気分になる。 榎忠については、後日、作品集などを見てみたいと思う。
その他、
『血染めのウィーン観光案内』で触れられている第二次世界大戦の遺物であるウィーンのフラクトゥルム(高射砲塔)──
宮崎駿の雑想ノート(宮崎 駿)所収の『高射砲塔』では、ドイツに設置されたフラクトゥルムが主役となっている──や、
『火の山の麓で──三松正夫と昭和新山』で語られる、昭和新山が世界でも珍しい私有地内の火山であるといったエピソード
がなかなか興味深かった。
さて、本書は上記のように興味深い点が多かったのだが、残念ながら、著者の意見に同意できない部分も多々あった。いくつか挙げておく。
まず、前述した『希望のための、ささやかなテロ、のようなもの』で紹介されている飴屋法水のパフォーマンスだが、タイトルにもある通り、著者は「テロ」という言葉と強く結び付けて語っている。 「テロ」という言葉自体は、飴屋が著者に宛てたメールで最初に使われたものだが、本章の中で著者が幾度となく使用していることから考えて、少なくとも、その言葉がパフォーマンスを 表現するものとして著者が肯定していると考えて差し支えがないだろう。
では、テロ=テロリズムとは一体、何なのか。 三省堂「大辞林 第二版」 によれば、
一定の政治目的を実現するために暗殺・暴行などの手段を行使することを認める主義、およびそれに基づく暴力の行使
がそれだ。この定義から見て、飴屋のパフォーマンスはテロなのか? 答えはノーだ。なんの政治目的も表明していない、このパフォーマンスは、どこから見てもテロではない。 にも関わらず、強く「テロ」という言葉を使う著者の姿勢には違和感を覚える。穿った見方をすれば、ことさらに「テロ」という言葉を強調することによって、 まるでポスト911を流行のごとく扱い、それに乗ろうとしていたのではないかという気さえする。
また、『大竹伸朗──寒さと残酷さからなる響きのブルースII』では、ゴミを拾い、それを構築し直す大竹伸郎の作品と、 荷物を抱えたおばあさんに手を貸す大竹の行為を関連付け、著者はこのように述べる。
その時、おばあさんにすっと差し伸ばされた手は、誰も見向かない路上のゴミにすっと手を伸ばす大竹の仕草と本質的に変わりがないからだ。いま、おばあさんをゴミよばわりするような言い回しをしてしまったが、そうした人々が、傍若無人な現代社会によってときにゴミあつかいされてしまっているのは残念ながら事実だろう。(p.233)
読んでいて非常に不快な部分だった。おばあさんはもちろんのこと、大竹に対しても失礼な物言いではないだろうか。
その他、レトリックが多用*1された文章などについても言いたいことがあるのだが、これは好みになってしまうので止めておこう。
芸術に関しての知識がゼロの人間の読書感想を勝手気儘に書いてみたが、現代美術についての造詣が深い人は本書を読んでどのような感想を持つのだろうか。他の人の意見を聞いてみたくなる一冊だ。
- 椹木 野衣
- 新潮社
- 2100円
livedoor BOOKS
書評/芸術・美術

*1 「過剰なほど」と付け加えたくなる。
2007-09-06(Thu) [長年日記] この日を編集
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反省 私たちはなぜ失敗したのか?(鈴木 宗男/佐藤 優)
鈴木宗男と佐藤優の対談集。
タイトルこそ『反省』となっているが、「こんなに悪い外務省を信じ続けた私たちがバカでした。反省します」的なスタンスの本なので、 自分たちの行為を反省するというよりは、外務官僚の数々の悪行を暴露するという内容になっている。 本書と同じく鈴木・佐藤の対談集で、外務官僚の悪口を言いまくっている『北方領土「特命交渉」』の第2弾と 考えても差し支えないだろう(本書はさらにディープなところまで明らかにしているが)。
自己保身と蓄財(税金の横領で!)に汲々とする外務官僚たちの姿を実名で告発していて、怒りを通り越して情けなくなったり、 「ホントに日本の外交は大丈夫なんだろうか」と心配になってしまう本なのだが、正直に言うと、汚職官僚の味方をする訳ではないが、 頭が良く、熱意を持って入省してきたはずの外務官僚がこういうトンデモな人たちへと変化してしまう理由というのも分かる気がする。
外務省という狭い世界から出ず、頭を下げるのは自分の上司と政治家だけ。しかし、後者には面従腹背そのもの。 そんな日々を送っていれば、よほど克己心が強い人でなければ、どんどん心が腐っていくのではないか。 少なくとも、自分がそのような立場になった場合、清貧であることを貫けるとは、とても言い切ることができない。
さて、個人的に、本書を読んで一番興味深かったのが、鈴木宗男バッシングの際、日本共産党の司令塔となった筆坂元参議院議員を混じえた 三者対談だ。そこでは、なんともあやふな根拠に基づいて展開された鈴木宗男バッシングの裏事情が暴露されているのだが、かの有名な ムネオハウスについての話がエピソードが面白い。ムネオハウスについて、鈴木宗男はこう述べている。
私は国後島の緊急避難所兼宿泊施設を「ムネオハウス」と名付けてくれと頼んだわけでもない。仮にそういうものがあったとしても、ロシア式では施設名には苗字をつけるから「スズキハウス」と呼ぶはずで、あれは日本の新聞記者がそう呼ばれていると書いた話ですよ。だって「ハウス」は英語じゃないですか。
それはそうだ、と思わず頷いてしまった。
その他、
- 検察に、鈴木氏と佐藤氏がホモ関係にあるという虚偽の証言をした外務官僚というエピソード(鈴木宗男X佐藤優とは、斬新だ)。
- 岡本行夫がかなり胡散臭い人物であること。
あたりの話が興味深かった。
読んでいて、とても面白かったのだが、少し首を傾げてしまう部分もあった。 ある元外務官僚*1について、佐藤優は最初、
戦略的な思考がちゃんとできる人でした。当時の外務省は、丹波さんのように人柄は悪いけれど、能力があって、尊敬できる先輩が多かった。(p.129)
と述べている。しかし、後には
おかしな外務官僚がいろいろいたけど、率直に言って、政治的観点からいちばん狡かった丹波實さんだと思います。(p.201)
と非難し、遂には
「丹波實という病」を見れば、外務省の何が問題かハッキリします。(p.204)
とまで言い切ってしまっている。
どんな人間にも善悪両面があるのは事実だろうが、ここまで正反対の評価をされると、読者としては、どう読めばいいのか分からなくなる。 ここらへん、本当であれば、編集者の方で矛盾点をチェックして、佐藤の真意を質し注釈を入れるなりするべきだったのだろうと思うが。
まぁ、少々アラもあるが、佐藤優作品のファンであれば、面白く読める一冊だと思う。
最後に、表紙を見ての感想を書いておく。佐藤優の全身写真って初めて見たが、頭がえれくでかいねー。6頭身くらいじゃなかろうか(俺も人のこと言えんが)。
*1 引用に実名出ちゃってるけど、とりあえずカッコつけてみる
_ djangoで遊んでみたいので、まずはPythonの勉強を初めてみる準備
何事も形から入るタイプなので、とりあえず、
Python クックブック 第2版(Alex Martelli/Anna Martelli Ravenscroft/David Ascher)を発注した!
1年以上積ん読になっている
初めてのPython 第2版(マーク ルッツ/デイビッド アスカー)とこれで準備は完璧だね。ま、準備だけだけど。
2007-09-07(Fri) [長年日記] この日を編集
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双生児 (プラチナ・ファンタジイ)(クリストファー・プリースト)
歴史改変SF、それも第二次世界大戦ものが大好き俺が来ましたよ、ということで*1、読んでみたのが本書。
これは文句なしの傑作。今年読んだ小説の中でもベスト級といっても過言ではない。
作者であるプリースト曰く、
結果ではなく、歴史の流れを実際に"分岐(separation)"させたかもしれない過程を検討すること(p.501)
が主題ということなので、史実とは異なった現代よりも、その分岐点を描くことが重視されており、前者の方を読みたい俺としては物足りない所もなきにしもあらずだが、作品の質が高いので、非常に楽しめた。
歴史改変SF好きとしては、まず、第1章の冒頭
『銀の龍たち』もまた、聞き取りからおこした歴史書であり、一九四〇年代半ばの米中戦争に参加した陸軍兵士や航空兵の体験談をまとめたものだった。(p.1-2)
で、いきなり、がっちり掴まれてしまいましたよ。
その後、「戦争の頂点となる日付」であり「戦争が終結をむかえた日」である、1941年5月10日に様々な人々がなにを行なっていたかを語られる。後者のパートの最後では、史実通りイギリスとの停戦交渉のために単独でイギリスに飛んだナチス・ドイツ副総統ルドルフ・ヘスについて書かれるのだが、それはこのような文章で締められる。
ヘスは講和任務をまっとうした
この短かいセンテンスが示す史実との乖離。これを読んで胸が高鳴らない歴史改変SF好きはいないに違いない。
以上が第1章。これで掴みはOKって感じだ。
その後、歴史改変の原因である双子の恋と冒険と仲違いの物語が展開される訳だが、正直言って、なにを書いてもネタバレに繋ってしまう。興は削ぎたくないので、あとは自分で読んで貰うしかない。
歴史改変SFの面を強調してしまったが、SF者でなくても、充分楽しめる内容となっているので、小説好きには一読をオススメしておく。
*1 「(手軽に書けて失敗しない)改変歴史ものがSF界のファーストフードなら、その中でもいちばん数の多い第二次大戦ものはマクドナルド」(p.501)らしいが。
_ 『双生児』読書ノート
以下、『双生児』の読書ノート。ちょっとだけ内容に触れているけど断片だけなので、ネタバレにはなっていないはず。
本書で唯一、あれ? と思ったのが、以下の記述。
一九四一年五月十日、極秘の条件下、ホフマンは、革命的にあたらしいタイプの航空機の処女飛行を担当した。ジェットエンジンを動力とする実験戦闘機だった。メッセーシュミットMe-163試作機は、最高到達速度九百九十五キロ(六百二十一マイル)を出し、無事着陸した。この航空機は、一九四三年後半の終戦まで、ロシア前線で幅広く使用され、標準的対地爆撃戦闘機となった。ロシアのミグ15ジェット戦闘機の初期モデルよりもすぐれているだけでなく、同時期に米国空軍で戦闘に投入されたノースアメリカ社のセイバーよりもすぐれているのが判明した。(p.27)
ここでは、下記のような史実との相違点が見られる。
- 史実では、Me-163はジェットではなく、ロケットを動力としていた。
- ちなみに、航続距離は極端に短く、ロケットの燃焼完了後にはグライダーで滑空して着陸した。
- 燃料には水化ヒドラジンと過酸化水素といった不安定かつ危険きわまりないものを使用しており、事故が絶えなかった。
- 確信はないが、たぶん、初飛行の日付も違う。
- 少なくとも史実のMe-163を対地爆撃戦闘機(戦闘爆撃機という名称の方が普通だと思うが)として使用するのは無理ありすぎ。強行すれば、速度がありすぎて、地面に突っ込むパイロット多数という惨状になることは確実だ。
- Mig-15にしろ、F-86セイバーにしろ、史実での完成は1945年以降。また、それも敗戦後のドイツより入手した先進的な航空機データを得た結果によるもの。
- 史実の戦果を見る限りでは、Me-163がMig-15やF-86セイバーとまともに戦うことは無理。
- ただし、ドイツの技術がないままに、1943年に実戦投入するという無謀なことを行なった結果、Me-163より劣った性能になったということも考えられる。
では、この相違が生じた原因はなんなのか。個人的に想像してみたことを書いておく。
- 名前はMe-163だけど、実は全然違う機体。
- Me-163ではあるが、史実とは違い、動力はロケットではなく、ジェットになっている(どこかの本でそういう計画機を読んだ気がする)。
- Me-163ではなく、実はジェット戦闘機であるMe-262と作者が勘違いした。Me-262は戦闘爆撃タイプも生産されているし(酷評されているけど)。
- 翻訳ミス。
個人的には、3番目ではないかなーと思っている。
その他の気付いたこと。
- p.162で、チャーチルは長い報告書を読まないというエピソードが登場するが、これは史実にもあった話。
理科系の作文技術 (中公新書 (624))(木下 是雄)の冒頭で、報告書の簡潔な書き方について指示したチャーチルのメモを読むことができる。 - p.232-233では、入植したユダヤ人によってマダガスカルに建国されたマサダ共和国で、元来のマダガスカル人がテロ活動を行なっているという記述があるが、現実のイスラエルとパレスチナ人の関係を念頭に置いているものと思われる。
2007-09-08(Sat) [長年日記] この日を編集
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奇想科学の冒険―近代日本を騒がせた夢想家たち (平凡社新書 379)(長山 靖生)
明治から昭和初期の、ちょっと普通じゃない科学で、人類の進歩や豊かな未来を実現することを夢見た人たちを紹介しているのが本書。
地動説に反論して地球平面説を唱えたり、帝国主義を進化論で補強してみたりと、現代であれば、「トンデモ」のレッテルを貼られてしまいそうな主張が多い訳なのだが、そんじょそこらのトンデモ科学者たちと彼らが違う点は、彼らが最先端の科学を取り入れようと常に努力し、人類の未来のためにという情熱を忘れず、理想実現のために突き進んだことだろう(方向性こそ、ちょっとずれていたが)。
本書で紹介されている夢想家たちの中でも、個人的にツボだったのは、下記の二人。
- 明治27年の段階で、化石燃料に代わる代替エネルギーの必要性を説き、他の恒星系への移民まで主張してしまった、SFマインド豊かな(?)加藤弘之。
- 「心あるロボット」を目指し、日本最初のロボット「学天則」を作った西村真琴。
特に、西村の「心あるロボット」というコンセプトは、欧米の「ロボット=労働力」という考えとは一線を画き、日本人のロボット好きマインドの礎となったと言っても過言ではないだろう。なお、水戸黄門で有名な俳優の西村晃は、西村真琴の次男だそうである。
近代日本の裏・科学史と言ってもいい一冊だ。
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トレジャー・ハンター八頭大 ファイル1 (1) (ソノラマノベルス)(菊地 秀行)
通りかかった古本屋の105円均一ワゴンに入っていたので保護。
「エイリアン」シリーズは、リアル厨房の時にすげー大好きで、『エイリアン魔神国』までは読んでいた。*1
「懐かしいなー」と思いつつ読んだんだけど、今読んでも面白いのは凄い。今では菊池秀行というと、エロス&バイオレンスの泰斗ということなっているけど、「エイリアン」シリーズはヤングアダルト向けということで、そこら辺も抑え目(当たり前だ)。純粋にストーリーを楽しめる内容となっている。
この本に収録されているのは
- エイリアン秘宝街
- エイリアン黙示録
の2篇。ストーリーの流れとしては、『秘宝街』と『黙示録』の間に、『エイリアン魔獣境I・II』が入るんだけど、分量的に収まりが悪いので、2巻に回すということにしたようだ。
それぞれの感想を書いておくと、まず、『秘宝街』は文句なしの面白さ。特に、よだれ長者や北海道・羅毛村でのエピソードはピカイチだ。ラブクラフトの『ピックマンのモデル』へのオマージュも効いている。
一方、『黙示録』だが、まぁ、面白いことは面白いんだけども、今読むと、
- エドガー・ケイシーを「大預言者」と持ち上げている
- 青森県の新郷村がキリストの墓があるとしている(有名な話だけど、完全なインチキ)
といったオカルト的側面がイタイ。「小説だからネタとして書いているんじゃね?」という向きもあるだろうが、文庫版の時のあとがきで、作者が「近代科学の最先端が、死者の声に関心を示す時代に私たちはさしかかっています」と書いているので本気だったのだろう(今はどうだか知らないが)。『黙示録』が出版された1984年と言うと、オカルトブーム真っ只中だったりするので、これを読んで、人生で転んだ人がいなければいいなぁ、と思うが。
しかし、挿絵は、なんで天野喜孝じゃねーのかなー。米村考一郎も嫌いじゃないが、ちょっと八頭大がワイルド過ぎる感じがする。 ここだけは、ちょっと納得できない感じ。
出版社である朝日ソノラマは9月で廃業ということで、10月からは朝日新聞が出版業務を引き継ぐということなのだが、「エイリアン」シリーズの続きも、ちゃんと出るといいなぁ。
*1 残念ながら、コレクションは、実家の建て替えの際に処分してしまった。
2007-09-09(Sun) [長年日記] この日を編集
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聖灰の暗号 (上)(帚木 蓬生)
本が好き!経由で献本して頂いた。
キリスト教の一派であるにも関わらず、ローマ・カトリック教会によって異端とされ、12世紀から13世紀にかけての弾圧の末に滅ぼされたカタリ派を扱った小説が本書。これが初・帚木蓬生作品なのだが、非常に面白くて一気に読んでしまった。
カタリ派を研究する歴史学者、須貝は、南仏の地方図書館で、偶然、カタリ派に関連する地図を発見する。 地図はカタリ派弾圧について触れており、弾圧について著した手稿の存在をほのめかすものだった。 それが事実であれば、今まで知られることがなかったカタリ派の聖職者や信徒の生の声を伝える革命的なものであるかも知れない。 しかし、須貝が地図の存在を学会で発表したことにより、それが世に出ることを阻もうとする勢力が蠢き出すことに──。
というのが本書のあらすじ。
本書は、須貝が仲間と共に手稿を探す現代パートと、書き手を通してカタリ派への過酷な弾圧とカタリ派の実態を浮き彫りにする手稿パートから構成されている。現代パートは、カタリ派についての説明と、エンターテイメント小説として成立させるために存在している、言わば、おまけのようなものであり、本書のメインは、あくまでも手稿パートにある。
手稿パートでは、異端審問に立ち会う通訳である書き手が、カタリ派に対する弾圧と虐殺を目撃することにより自分が信じるカソリックへの疑念を深め、カタリ派聖職者と対話することにより、徐々にカタリ派の持つ信仰へと目覚めていく様子が、まるで当時を生きた人物の手によるものではないかと錯覚させる見事な筆致で描かれている。まさに一級の歴史物語と言って過言ではない。
本書の弱点は、現代パートにある。作者の主眼は、ここにはないとは言え、ミステリー小説として読んだ場合、残念ながら、かなり無理がある展開となっていると言わざるを得ない。
まず、犯人たちが連続殺人を行なった理由が理解できない。顔を目撃されたということが本書の中で理由としてあげられているが、「マスクなどで顔を隠さなかったのだろうか?」と疑問を持った。少なくとも主人公の一人を誘拐した際には、覆面をしていたようだし、覆面姿を見られても殺害しようとはしなかった。また、ラストで真犯人が判明する場面も、自分から名乗り出ているようなもので「こいつはバカだろうか?」と思ってしまった。
そして、一番大きな疑問が、700年前の虐殺の事実を隠すために、現代で殺人を犯すだろうか? という点だ。たしかに、カタリ派の弾圧についての新資料が出てくればカソリック教会には打撃だろうが、現代で殺人を犯したことが露見することに比べれば、まったく大したことではないのではないだろうか。それに、本書を読んだ限りでは、カタリ派に対して過酷な弾圧が行なわれたということは、常識とまでは言わないまでも、かなり知られているようなことなので、今更隠したところでどうしようもないようにも思えるのだが……。
現代パートに関しては、残念ながら及第点とすることは出来ないが、手稿パートは、真の信仰とは何かを問う、まぎれもない傑作である。一読を強くオススメしたい。
なお、
オクシタニア〈上〉 (集英社文庫)(佐藤 賢一)も同じカタリ派について書いた小説だそうである。次の機会に読みたいと考えている。
- 帚木 蓬生
- 新潮社
- 1575円
livedoor BOOKS
書評/国内純文学

参考
2007-09-11(Tue) [長年日記] この日を編集
_ commit時にチケットを操作する
チケット駆動開発の スライドの27ページ目を 見たら、commit時に、Tracのチケットの履歴にcommit logが転載されるようになっていて、「すげー」と思ったので、どうやってやるのか、ググってみた。
で、見付けたのが、 Subversionコミット時メール送信とTracチケットの自動クローズ 。
書かれている通り(ぉに設定して、
(See #10)
というような感じのcommit logを書けば、チケット番号10の履歴にそのcommit logが追記されるようになる。カッコいい!
ちょっとハマったのが、Tracのdb/ディレクトリ以下の書き込み権限。 trac-post-commit-hookは、commitしたユーザの権限で起動されるので、Tracのdb/ディレクトリ以下にも書き込み権限がないと、当然、Tracを操作することはできない。そんな訳で、
% cd /path/to/trac/project_a % sudo chgrp -R svnuser db % sudo chmod g+w db
こんな感じで、Tracのdb/ディレクトリ以下の所有グループをSubversionレポジトリと揃えてから、グループ権限でも書き込めるようにした。
trac-post-commit-hookを読んでみたところ、チケットをclosedにする時には、チケット番号の前に
- close
- closed
- closes
- fix
- fixed
- fixes
チケットの履歴に追記する場合には、チケット番号の前に
- addresses
- re
- references
- refs
- see
を書けばいいみたい。
ますますTracなしじゃ開発できなくなったなー。
参考
2007-09-13(Thu) [長年日記] この日を編集
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偽書「東日流(つがる)外三郡誌」事件(斉藤 光政)
『本の雑誌』9月号の特集「エンタメ・ノンフの秋!」で絶賛されていたので読んでみた一冊。 評判通りとてつもなく面白くて、一晩で読み終えてしまった。
「東日流外三郡誌」偽書問題の発端となった記事を書いた東奥日報社の記者が、その始まりから終焉までの軌跡を描いたノンフィクションが本書。 「東日流外三郡誌」と聞いて、ピンとくる人は、オカルト好きか、超古代史好き、 または俺のようなトンデモ好きな人に違いないと思うが、ピンとこない人でも大丈夫。 個人的には、今年読んだノンフィクションでもベスト級の面白さなので、ふつーの人が読んでも最高に面白いと太鼓判を押しておく。
「東日流外三郡誌」とは何か。Wikipediaから引用しておこう。
『東日流外三郡誌』は、青森県五所川原市在住の和田喜八郎が、自宅を改築中に「天井裏から落ちてきた」古文書として登場した。「和田家文書」とも呼ばれる。数百冊にのぼるその膨大な文書は、古代の津軽地方には大和朝廷から弾圧された民族の文明が栄えていた、という内容で、有名な遮光器土偶の姿をした「荒覇吐(アラハバキ)」神も登場する。──東日流外三郡誌 - Wikipediaより引用
このように歴史好きには大変魅力的に見える「東日流外三郡誌」なのだが、問題は、これが「史上最大」とも称された偽書だったということだ。
本書には、偽書であることの証明が大量に登場するのだが、そのいくつかを挙げておこう。
- 「闘魂」(アントニオ猪木のキャッチフレーズ)や「民活」(民間活力や民間活性の略)といった戦後の言葉が使われている。
- すべての文書が発見者と同じ筆跡。
- ほとんどが毛筆ではなく、筆ペンで書かれている。
と、こんな具合で、こんな物を信じるということ自体、本書に登場する地元女性の言葉を借りれば、 「はんかくさい」(津軽弁で「ばからしい」の意)こと、この上ないと感じられる(個人的には「闘魂」に笑った)。
「東日流外三郡誌」のお粗末なデキと、擁護派(いわゆるビリーバー)が唱えるトンデモな理屈 *1 を笑い飛ばしながら読むのも一興だが、 「東日流外三郡誌」によって被害を受けた人々の姿も明らかにされるため、笑ってばかりもいられない。
なぜ、素人目に見ても偽書と思えるような代物を信じ、そこに大金をつぎ込むようなことをしたのか。本書は、
- 町・村おこしのため、「東日流外三郡誌」を安易に利用しようとした自治体
- 「東日流外三郡誌」を金の成る木と見なし、売れさえすればいいという姿勢で持ち上げたマスコミ
という 旧石器捏造事件 にも通じる原因と共に、北日本の人々の「大和朝廷に征服された」というコンプレックスがあることを指摘する。 東北人ではない身には想像することしか出来ない、なんとも重い分析であるが、エピローグに登場する民族考古学者の、青森県に三内丸山遺跡が 発見されたことを受けての言葉、
三内丸山遺跡という、日本の基層文化につながる素晴しい場所、誇れる遺産がある以上、もう、青森県民や東北の人たちには『外三郡誌』なんて必要ないんじゃないか(p.315)
が救いだ。
最後に、本書で唯一残念だった点を挙げておく。 著者は、とり・みきの『石神伝説』の登場人物の一人である新聞記者のモデルとなったそうなのであるが、 そうであればこそ、本書に、とり・みきの解説を付けて欲しかった。
とり・みきファンには、ちょっと残念なところもなきにしもあらずだが、ノンフィクション好きには文句なしにオススメしたい一冊だ。
*1 その理屈が、UFO信奉者と同じようなものばかりで、逆に驚かされる。唱えるトンデモ理論に相違はあれ、根っこは一緒という証左だろうか。
2007-09-15(Sat) [長年日記] この日を編集
_ svk pullの動作がちょっと想定と違う件
svkを使い始めてから、そんなに日が経っていないんだけども、すげー便利で開発には欠かせないものになっている。
で、使っていて一つだけ「なんでかなー?」と思っているのが、svk pullの動作。サーバのレポジトリから変更分を取ってくるコマンドは
% svk pull //project_x % cd /path/tp/repos/project_x % svn up
で済ませたいところなんだけども、実際は
% svk sync //mirror/project_x % svk pull //project_x % cd /path/to/repos/project_x % svn up
としてやらないと更新をしてくれない。ここだけ、ちょっと気持ち悪いので、なんとかならんかなーと思っていたり。
まぁ、なんとかならなくても、コマンドが一つ増えるだけなんだけどね。:-)
_
戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)(デーヴ グロスマン)
これはスゴイ本。今年読んだノンフィクションの中で、最も衝撃を受けた一冊と断言できる。
本書は、これまでタブーとされてきた「戦闘における殺人」──訳者の言葉を借りれば、戦場という地において、「なぜ人は人を殺すのか」、また「なぜ人は人を殺さないのか」を心理学的アプローチから読み解いている。
訳者あとがきによれば、著者デーブ・グロースマンは
心理学者にして歴史学者、そのうえたたき上げの軍人でもある。それも一兵卒をふりだしに下士官、将校と昇進し、いまは中佐(引用者註:1998年のこと。現在は退役)としてアーカンソー州立大学で軍事学教授を務めている。おまけにレンジャー隊員や落下傘部隊員の資格までもっており、まさに最精鋭の実戦部隊に属してきた(p.508)
という文武両道を地でいっているスゴイ人。こんな人だからこそ書けた本だと言えるだろう。ちなみに裏表紙によれば、本書はウェストポイントの陸軍・空軍士官学校で教科書として使われているとのことだが、決して専門書ではない、一般人でも(それこそ軍事に興味のない人でも)読めるリーダビリティの高い本となっている。
本書を読んで、驚かされるのが、戦場で「殺らなければ、自分が殺られる」という状況になったとしても、兵士は敵兵士を殺すことを躊躇ってしまうという分析だ。
本書で引用される米陸軍准将S・L・A・マーシャルの研究によれば、第二次世界大戦中の戦闘では、米兵の10〜15%しか敵に向かって発砲していない。たとえ、自分たちの生命が危険にさらされている時であったとしても、彼らは発砲しなかったのだ。しかし、これは米軍に限ったことではない。どの国の兵士にも言えることであり、また、時代に関係なく言えることなのだ。 著者は、そこに人間が本来持つ殺人に対する強力な抵抗感があると見る。
では、どのような状況で、兵士は殺人を犯すことに抵抗を覚えないのか。著者は様々なデータを駆使して多面的に分析していく。
一例を挙げておこう。本書が挙げる要素の一つが「距離」だ。距離があればあるほど、兵士は殺人について心理的な抵抗感を感じることが少なくなってくるという。たとえば、航空機による爆撃、ミサイルにとる攻撃、火砲による砲撃──つまり、相手の顔が見えない距離での殺人は、最も心理的抵抗感が少なく、逆に素手やナイフを使った相手の顔が見える殺人は、最も抵抗が大きくなる。相手との間に航空機や戦車、艦船などの機械が入れば、さらにその心理的抵抗は小さくなる。
この理論から考えれば、
- ドレスデンや東京を空襲した爆撃機クルーや、広島、長崎に原爆を投下したB-29クルーの心理
- 航空機パイロットや艦船の火器オペレータの心理
- p.205で引用されている、日本軍狙撃手を近距離で射殺し謝りながら嘔吐した海兵隊員の心理
といったものが容易に推測できるようになるだろう。
マーシャルの研究に驚愕した米軍は兵士に対して、パブロフの犬と同種の「条件づけ」を含む訓練を施し、朝鮮戦争では55%、ベトナム戦争では90〜95%と、発砲率を驚異的に向上されることに成功する。しかし、それはあくまでも「無意識に」行なわれるものであり、その後の精神的なストレスまでをも減じるものではなかった。その結果、ベトナム戦争では、帰還兵に向けられた強烈な社会的な非難と相俟って、兵士の多数がPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ惨状となってしまった。その数は、少なくみて50万人、多ければ150万人という厖大なものに昇るという。
ここで考えてしまうのは、イラク派遣後の自衛隊において自殺者やPTSDを訴える兵士が増えているという現状だ。イラクに派遣された自衛隊は戦闘を行なった訳ではないが、危険が予想される地域で任務を遂行するには、多大な精神的ストレスを感じたであろうことは想像に難くない。その上、彼らは帰国後、大きな賞賛を受けた訳ではない。逆に、一部メディアは、彼らの遂行した任務を非難する報道を行なった。言ってみれば、ベトナム帰還兵ほど酷くはないにせよ、彼らには「社会的な受容」が行なわれなったのだ。その結果として起きたのが、自殺やPTSDではないのか。
自衛隊の海外活動を積極的に推進してきた安倍総理が退陣し、これから先、自衛隊が海外に派遣される機会が増えるのかどうかは、はっきりしない現状だが、政府や自衛隊も兵士に対する精神的なケアについては充分に考えて欲しいと心から願う。
最後に本書で一番印象深かった、ある将校の言葉を引用しておく。
「戦闘で命を落とすとき、兵士はよくお母さんと言うんだ。あれは胸が痛む。私はもう五ヵ国語で聞いている」
最後に母を呼ぶのは国籍を越えて共通のことのようだ。もし(そんなことは今のところありえないが)自分が戦場に行き、斃れることになったとしたら、母のことを呼ぶのだろうか。そんなことを考えてしまった。
人間の本質を鋭くえぐった一冊だ。軍事に関心にある人だけでなく、すべての人にオススメしたい。
2007-09-16(Sun) [長年日記] この日を編集
_ Rails.vim関連のvimrc設定
久しぶりにvimrcを見直したら、なんだかゴチャゴチャなので整理してみた。
で、引っ掛かったのでrails.vim関連の設定。ナレッジエース - Vimを使ったRuby On Rails開発環境の構築で、
au User Rails*
と書いてやれば、Rails関連のファイルに一括して指定できることを初めて知ったので(やっぱりドキュメント読むのは重要だ)、.vimrc
au User Rails* set nowrap tabstop=2 tw=0 sw=2 expandtab fenc=utf-8
と書いてみたんだけど、なんだか上手く動かない。具体的には、vimを立ち上げて、Railsのmodelを編集してやるのに、
:Rmodel hoge
とコマンドを打つと、
最後の変更が保存されていません (! を追加で変更を破棄)
と意味不明なエラーで怒られてしまう。
少し試行錯誤した結果、どうやらfencが影響しているらしいことは分かったので、moroの日記 - 先日のvimrcのエントリ補足のvimrcをパクらせて頂いて、
au User Rails* set nowrap tabstop=2 tw=0 sw=2 expandtab au BufNewFile,BufRead */app/*/*.rhtml set fenc=utf-8 au BufNewFile,BufRead */app/**/*.rb set fenc=utf-8 au BufNewFile,BufRead */*/fixtures/*.yml set fenc=utf-8
という形でまとめてみた。
とりあえず、手元では問題なく動いているんだけども、もうちょっとスマートにしたいところ。
2007-09-17(Mon) 敬老の日 [長年日記] この日を編集
_ Remember The Milk 日本版 公式ブログ - MilkSyncリリース
おおー。W-ZERO3でRemember The Milkのリスト編集と同期ができるなら、Proアカウントに入る価値があるな。
_
解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯(ウェンディ・ムーア)
これはスゴイ本! 今年読んだノンフィクションでもベスト級の面白さ。あまりにも面白くて、一気に読んでしまった。
現代外科医学の開祖と言われる外科医ジョン・ハンターの生涯を綴った伝記が本書。
このジョン・ハンターという人は、まさに偉人にして畸人と呼べる人物だ。 彼が生きた18世紀英国の医学は、「医学」と呼ぶのさえ躊躇われるようなものだった。紀元前5世紀の古代ギリシャに生きた医学の父ヒポクラテスの「あらゆる病は、血液、粘液、黒胆汁、黄胆汁の四つの体液の不均衡によって起きる」という教えが、大手を振ってまかり通っていて、「治療」と称されて行なわれるものは、静脈を切って血を出す瀉血や、無理矢理嘔吐させるといったものばかり。「治療」されることによって、逆に命を縮める患者がほとんどだった(ちなみに、 『女王たちのセックス』には瀉血によって命を落とした女王たちが数多く登場する)。
そんな閉塞した医学界に風穴を空け、新たな時代を切り拓いたのが、ジョン・ハンターだった。彼は、旧来の医療手法に異を唱え、「観察と実験、科学的証拠をもとにする」医療を提唱し、数え切れないほどの解剖と比較実験により、それを実践したのだ。
と、ここまでであれば、ただの偉人伝 *1 なのだが、彼の凄いところは手段を選ばなかったことだ。
当時の英国では、死後、自分の身体がばらばらにされると最後の審判の日に復活できないと信じられていた。そんな時代にあって、解剖を勉強したいと願う医者が実際にそれを行なえる機会は非常に稀だった。合法的に割り当てられるのは、外科医組合といった同業組合に対して年に数体。あとは、公開処刑された直後の死体を、同業者同士や解剖を阻止しようとする遺族たちと争奪戦を繰り広げつつ、なんとか手に入れ解剖する以外に方法はなかった。
しかし、人間の身体の仕組みを知るには、とてもとても、そんな死体の数では足りない。ハンターが解剖用の死体をふんだんに入手するために取った手段とは、墓から死体を盗み出すことだった。彼は墓泥棒たちと手を組み、定期的に「フレッシュな」死体が届けられるシステムを構築した。彼の屋敷の裏口では、夜な夜な得体の知れない馬車が訪れては中身が詰まった大きな布袋を放り出す、どさっという音が絶えなかったという。
彼は観察と実験においても妥協をしなかった。 彼は自分が知りたいと思うことを知るためには、自身を実験台にすることも厭わなかった。たとえば、淋病と梅毒のが同じ病気であるかどうかを知るため、自分自身に患者の体液を接種している。また、標本とするための人間や動物の死体を手に入れるためには糸目を付けず、稼いだ金は、かったぱしから遣った。彼はそれらの人間や動物を死体を比較することにより、ダーウィンより半世紀も前に、進化の存在に気付いていた。
彼が生涯で集めた標本のコレクションの数は、なんと13,687点! その半数以上が、1941年のドイツ軍によるロンドン大空襲で失われ、また経年劣化に耐え切れなかったものもあり、現存するのは約3,500点。それはロンドンのハンテリアン博物館に所蔵されているそうである。ロンドンを訪れる機会があれば、ぜひ見たいものだ。
自分の好奇心を満たすためなら手段を選ばなかったハンターだが、彼は決して悪人ではなかった。 階層に関係なく様々な患者に治療を施し、貧しい患者にも哀れみをかけた。上流階級の患者よりも先に下層階級の男を診察室に通した際の言葉、
「おまえは生きていくためには一時間も無駄にはできんだろう。あそこにいる金持ち連中は、どうせ家に帰ったってやることはないんだから、待たせておけばいいんだ」(p.285)
は、彼らしい名言だ。
慣習やルールといったものに敬意を払わなかったハンターを嫌う者がいた一方、彼を慕う弟子が数多くいたことも、彼の人間性を証明していると言えるだろう。彼の最後の弟子となったクリフトは、ハンターの死後、40年に渡り、博物館ガイドとして彼の比類なきコレクションを守ったという。
クリフトは、ハンターの死後、こう言った。
ハンター先生は、時代よりもずっと先に行っていて、そのことが周囲に理解される前に亡くなってしまったのです(p.354)
ジョン・ハンターという人物は、まさしく「時代の先を行きすぎた」人間だった。 これまで、あまり知られることがなかった、そういう人物をただの偉人ではなく、裏も表もある一人の人間として描き出した本書は、まさに至高の一冊だ。
*1 と書くのも、他の偉人たちに失礼だが。
_ ぬこいっぱい
「インターネットに接続できなくなった!」と親戚からTELが入ったので、様子を見に行ってきたら、ぬこが一杯いたので写真を撮った。でも、W-ZERO3なんで、あんまり画質が良くない。
インターネットに接続できない件は、ADSLモデムの故障だった。フレッツ故障センターにTELを入れたら、そんなに待たずに担当の人が来て、確認後、モデムを交換して終わり。
お礼に梨を貰って帰宅。
2007-09-18(Tue) [長年日記] この日を編集
_ acts_as_authenticatedのControllerテスト用メソッド
acts_as_authenticatedのメソッド(current_userとか)を使っているControllerのメソッドをテストしたいなー、という時に みんなどうしてるんだろうと思ってググってみたけど、事例が見付からなかったので、
- id:moroさんのエントリーのskip_filter
- RSpec 1.0 Acts_As_Authenticated Specsに掲載されていたhttp://btucker.org/blog/rspec10acts_as_authenticatedspecs.attachment/309601/account_controller_spec.rb
をパクらせて参考にさせて頂いて、RSpecのコードも理解しないままに、こんなコードを書いてみた。
module Spec::Rails::DSL
module ControllerBehaviourHelpers
module ExampleMethods
def skip_filter(*filters)
filters.each do |filter|
controller.should_receive(filter).and_return(true)
end
end
def login_as(user)
session[:user] = user ? users(user).id : nil
end
def create_user(options = {})
post :signup, :user => { :login => 'quire', :email => 'quire@example.com', :password => 'quire', :password_confirmation => 'quire' }.merge(options)
end
def auth_token(token)
CGI::Cookie.new('name' => 'auth_token', 'value' => token)
end
def cookie_for(user)
auth_token users(user).remember_token
end
def should_be_logged_in
session.should_not be_nil
session[:user].should_not be_nil
end
def should_not_be_logged_in
session.should_not be_nil
session[:user].should be_nil
end
end
end
end
これをspec_helper.rbに書いておいて、Controllerのテストでは、
it "user should see message" do
login_as(:foo)
should_be_logged_in
response.should have_text("fooさん、ようこそ!")
end
みたいな感じで使う(上のテストはすごく適当)。 いらないfilterについては、skip_filterで回避すればOK。
もっと良い方法があるよ、という方は教えて頂ければ幸いです。
2007-09-20(Thu) [長年日記] この日を編集
_ HelperのRSpecテストでちょっとハマった
RSpecでHelperのテストを書いていて、ちょっとハマったのでメモ。
テストしようと思ったのは、こんなコード。
application_helper.rb:
def show_link(string, options = {})
link_to(string, { :action => "foobaa" }.merge(options))
end
RSpecのテストには、こんなコードを書いた。
application_helper_spec.rb:
it "show_link should return link" do
show_link("hoge", :key=>'abc').should =~ /^<a href=.*key=abc.*>.*<\/a>$/i
end
ホントは正規表現をもっと厳密に書かないとテストにならないんだけど、ご愛嬌。
ここまで書いて、テストを走らせたところ(と言うか、ホントはautotestで自動だけど)、
Need controller and action!
と怒られ、テストが失敗する。あれー? と思いつつ、色々といじってみるがダメ。
で、エラーの文面を読み直し、もしかしてと思いついて、application_helper.rbをこんな感じに書き直してみたら、テストが通るようになった。
def show_link(string, options = {})
link_to(string, { :controller => @controller.controller_name, :action => "foobaa" }.merge(options))
end
なるほど。エラーで言っている通り、controllerが指定されていないとダメなんだね。同一controllerの場合には、actionだけ書いて、controllerは書かないようにしていたので、まったく思いもよらなかった。
たぶん、これって常識なんだけだろうけども、もしかしたら役に立つ人もいるかも知れないので書いておきます。
2007-09-21(Fri) [長年日記] この日を編集
_ MIME::Liteのバージョンを上げたらP::P::P::Gmailが動かなくなったのでpatchを書いた
久しぶりにplaggerを動かしているホストでportupgradeしたところ、Plagger::Plugin::Publish::Gmailが
Plagger::Plugin::Publish::Gmail [error] Error while sending emails: Undefined subroutine &MIME::Lite::extract_addrs called at C:/Perl/site/lib/Plagger/Plugin/Publish/Gmail.pm line 217.
というエラーを吐くようになってしまった。
で、調べてみたところ、どうやらMIME::Lite::extract_addrsがMIME::Lite::extract_full_addrsにrenameされたのが原因ぽいので、patchを書いてみた。
--- Gmail.pm.orig Fri Sep 21 22:31:16 2007
+++ Gmail.pm Sat Sep 22 00:22:34 2007
@@ -211,21 +211,25 @@
# hack MIME::Lite to support TLS Authentication
*MIME::Lite::send_by_smtp_tls = sub {
my($self, @args) = @_;
+ my $extract_addrs_ref =
+ defined &MIME::Lite::extract_addrs
+ ? \&MIME::Lite::extract_addrs
+ : \&MIME::Lite::extract_full_addrs;
### We need the "From:" and "To:" headers to pass to the SMTP mailer:
my $hdr = $self->fields();
- my($from) = MIME::Lite::extract_addrs( $self->get('From') );
+ my($from) = $extract_addrs_ref->( $self->get('From') );
my $to = $self->get('To');
### Sanity check:
defined($to) or Carp::croak "send_by_smtp_tls: missing 'To:' address\n";
### Get the destinations as a simple array of addresses:
- my @to_all = MIME::Lite::extract_addrs($to);
+ my @to_all = $extract_addrs_ref->($to);
if ($MIME::Lite::AUTO_CC) {
foreach my $field (qw(Cc Bcc)) {
my $value = $self->get($field);
- push @to_all, MIME::Lite::extract_addrs($value) if defined($value);
+ push @to_all, $extract_addrs_ref->($value) if defined($value);
}
}
酔った勢いで#plagger-jaで報告してみたら、miyagawaさんから、このパッチだと古いMIME::Liteで動かなくなると指摘を頂いた
確かに。
で、miyagawaさんの提案が以下の通り。
23:58 (miyagawa_) my $sub = defined &MIME::Lite::extract_addrs ? \&MIME::Lite::extract_addrs : \&MIME::Lite::extract_full_addrs; 23:58 (miyagawa_) $sub->()
なるほどー。Perlでは、こう書くんだな。すげー勉強になる。
ちょっと、今は酔っているので、あとで上のパッチを見直そう。書き直した。
書き直してみた
新旧のMIME::Liteに対応できたはず。
追記
HTMLメールのレイアウトが崩れるようになってしまったので、結局、 MIME::Liteのバージョンを3.01へ戻した。
2007-09-22(Sat) [長年日記] この日を編集
_
国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて(佐藤 優)
「外務省のラスプーチン」こと佐藤優の処女作にして、「国策捜査」という言葉を世に知らしめた一冊。
佐藤優作品は
と読んできたのだが、本書はずっと未読だった。 処女作にはその作家のすべてがある、とはよく言われる言葉だが、佐藤優作品を読む上での前提知識となる北方領土交渉や、著者が罪に問われた一連の事件(いわゆる鈴木宗男事件)について、 その端緒から解説されている本書は、その言葉がぴたりとくる一冊と言っていいだろう。
日露交渉の舞台裏から、著者の逮捕に繋がる外務省内での権力闘争*1、また著者にかけられた嫌疑の根拠とされたイスラエルでのコネクションを描いた第1章〜第3章も興味深かったのだが、著者が逮捕収監された後の拘置所での取調べから一審の結審までの軌跡を明らかにした第4章〜最終章は、個人的に最もエキサイティングな部分だった。
著者と取調べを担当する検事の間で行なわれるのは、「取調べ」という言葉から想像することもできない、外交交渉もかくやと言う、知力のぶつかり合いだ。 彼らは、事件が国策捜査であるという認識を共有しつつ、事件について語り合う。 その過程で、信頼関係を築き上げ、これまでの日露外交が毀損されず、また、著者の周りの人間にも類が及ばない形での落とし所を模索していくのだ。 著者がかけられたすべての嫌疑を否認しつつも、供述調書にサインをしたのは、この交渉の結果ゆえだった。
ご存じの通り、一審の判決は、著者の有罪となるのだが、その前段で語られる被告人最終陳述は、鈴木宗男事件の意味をインテリジェンスに携わる者特有の冷徹な視点で捉えたものであり、事件に興味を持つ人であれば必読だろう。
なお、個人的に興味深かったの



聖灰の暗号 下 (3)(帚木 蓬生)

Before...
_ poppen [俺はマイノリティじゃなかった!]
_ え [金麦先に飲んじゃうぞー! じゃないの?]
_ poppen [> 金麦先に飲んじゃうぞー! それは、今流れているCMだ。]