ぽっぺん日記@karashi.org
2007-10-25(Thu) [長年日記]
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ヒトは食べられて進化した(ドナ・ハート; ロバート W.サスマン)
本が好き!経由で献本して頂いた。
従来、人類の祖先は、誰にも負けない知恵を身に付け、それを武器に殺戮を繰り広げて、地球の王者となったと考えられてきた。それが「狩る人(Man the Hunter)」説である。しかし、本書が提示する「狩られる人(Man the Hunted)」説で示されるのは、「狩る人」とはまったく正反対の、強大な力を持つ猛獣から餌として付け狙われ、ただただ逃げ回るだけのなんとも情けない人類の祖先の姿だ。 著者たちは、様々な研究や文献、化石などを活用して、「狩られる人」が単なる想像の産物ではなく真実であること、また、ヒトが生き延びるために、その頭脳を発達させてきたことを証明していく。
正直なところ、本書を読んで「捕食者であるヒト」という考えには、それほど意外性は感じなかった。というのも、以前より「ヒトは被捕食者である」という思いを、漠然とではあるが抱いてきたからだ。そう考えるようになった原因が、本書でも
一九九五年に有名な日本人の動物写真家がベーリングヒグマに殺されている。(p.121)
として言及されている星野道夫氏の最後だ(事件が起きたのは、実際には1996年)。星野氏がヒグマに襲われ「食べられた」ことが、自分の中で「被捕食者であるヒト」を意識させることになったのだ。
とはいえ、本書がつまらないかと言えば、そんなことはなく、非常に面白く読んだ。特に面白かったのが、ヒトを捕食してきたと考えられる猛獣たちを数々の事例とともに紹介されている3章〜7章。ライオン、トラ、クマ、オオカミ、ハイエナ、ヘビ、オオトカゲ、ワニ、サメ、ワシと、随分と色々な動物に食べられてきたのだなあと、妙な感心をしてしまった。そこで紹介されている日本人が関係したエピソードを引いておこう。
本書によれば、第二次世界大戦中のイギリス軍によるビルマ奪回作戦時(本書には書かれていないが、時期から見て1945年のことだと思われる)、イギリス軍の猛攻のため、1000名の日本兵が撤退を余儀なくされた。彼らは、撤退のために海軍が差し向けた輸送船に乗船するため、ビルマ本土とラムリー島との間にあるマングローブの沼地へ入るが、イギリス軍の封鎖のため輸送船はその地に到着できなかった。イギリス軍が周辺を封鎖していることもあり、仕方なく、兵士たちはその沼地で一晩を過ごすことになるのだが、そんな彼らを襲ったのがワニだった。一晩中、ワニは兵士たちを襲い続け、日が昇る時までに生き残った人数はわずか20人だったという。
ちなみに、本書には記載されていないが、同じ第二次世界大戦のビルマの地において、インパール作戦(1944年)時に、虎に襲われた日本軍の部隊があったというエピソードを、以前、他の戦記もので読んだ記憶がある。これも被捕食者としてのヒトを示すエピソードだろう。
8章〜10章では、「狩る人」説の誤謬を指摘するとともに、ヒトが過酷な環境の中でどのように生き延びてきたかを解説している。 本書によれば、我々が大地や開けた土地を見て喜びを感じる原因が
開けた土地では、捕食者が迫ってきても防御戦略を立てる間がなかったという羽目に陥る前に、捕食者を発見できる(p.233)
からだそうである。それが真実かどうかは神のみぞ知るだが、近所の山がある風景を見て感じる心地良さの原因がこれだと思うと、なんとも複雑な気分にはなる。
非常に優れた一冊と評価できる本書ではあるが、唯一残念な点が、注と参考文献が本書から省かれ、出版社のWebサイトに掲載されているという点だ。注と参考文献のPDFファイルの掲載先を確認したところ、両方をあわせても、わずか27ページだった。それくらいの文量であれば、本書に収めても、ページ数的にも価格的にも問題にならなかったと思うのだが。出版社にどのような意図があったのか不明だが、もし、昨今の流行に合わせて、少しでも「薄い本」を目指したということであるならば、それは重大な考え違いだ。少なくとも、この手の本を自分の意思で読む人であれば、「本が厚ければ厚いほど喜ぶ」という性質を持った人たちなのだから。
少々文句も書いたが、人類の進化について興味がある人には、強くオススメできる一冊だ。 ご先祖様が「敵」に食べられないよう、どう知恵を巡らしていたか想像の翼を広げることができるだろう。
- ドナ・ハート; ロバート W.サスマン、伊藤 伸子
- 化学同人
- 2310円
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