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ぽっぺん日記@karashi.org


2008-05-10(Sat) [長年日記]

_ 備えあれば憂いなし──「戦争」の心理学 人間における戦闘のメカニズム(デーヴ・グロスマン/ローレン・W・クリステンセン/安原 和見) 「戦争」の心理学 人間における戦闘のメカニズム(デーヴ・グロスマン/ローレン・W・クリステンセン/安原 和見)

『眠れない一族』に続いて、これまたスゴイ本!

退役軍人にして軍事学教授である著者が上梓した『戦争における「人殺し」の心理学』の続篇が本書。

前著は去年読んだノンフィクションの中で最も衝撃受けた本のうちの一冊だが、本書もスゴイ。 600ページという大著だが、ぐいぐい引き込まれて一気読みしてしまった。

本書のテーマは、「なぜ兵士は敵を殺せないのか」を命題にした前著より一歩踏み込み、「では、戦士たち(著者は兵士や法執行官といった職業として戦闘に携わる人々をこう呼んでいる)が精神的なダメージを受けずに敵を殺すためにはなにが必要なのか」というもの。

今回は、前著『戦争における「人殺し」の心理学』のときとはちがって、実際に戦士──毒と腐敗と破壊に満ちた戦闘という環境に、実際に身を投じる人々──の役に立つ本を書くことにより力を入れた。(p.10)

と著者が謝辞に書いている通り専門家を対象にしてはいるが、前著と同様、軍事知識のない一般人でも読めるリーダビリティの高い本となっている。

これまで極限状態の体験談として語られてきた、いつもは簡単に出来るなんでもないこと(弾倉を交換する、引き金を引かない、警察に電話する等)が出来なくなる、聴覚が抑制され銃声さえ聴こえなくなる、視野が極端に狭くなる、時間が遅く進んでいるように感じるといった現象に著者は生理学的観点から光を当てている。 それらは単なる思い込みなどではなく、万人に共通する現象なのだ。

そういった現象に対処するために実践的な訓練が必要であることを著者は述べている。 射撃訓練には板ではなく写真を貼り人間を模したターゲットやヴァーチャルリアリティを用い、対抗訓練にも空砲ではなく当たれば痛いペイント弾を使用する、などがそれである。

また、戦闘に打ち勝つためには、危険な相手を制止する必要がある時には躊躇なく中枢神経に弾丸を叩き込む、撃たれても立ち上がって反撃する、最後には生き延びることに全力を尽くすという決意を持つことが大事だとも語られる。

心臓を撃たれテニスボール大の穴を開けられた後にも強盗を追跡して撃退し、手術中に心臓が二度止まりながらも生き延び現職に復帰した女性警官、ショットガンで撃たれ脳に散弾が入る重傷を負いながらも反撃し犯人を射殺した警官といった逸話には、人間の意思がどれだけ力を持つものであるかを強く感じさせられる。

著者は 「テロリストや犯罪者といった悪から一般人を守るためには番人たちが法や正義に基づいて行使する暴力が必要」という実利的なスタンスで本書を記している。 そこに「正義とはなにか」や「どんな状況で暴力は許されるのか」といった抽象的な問いが入る余地はない。 それゆえに本書を受け入れ難く感じる人もいるとは思うのだが、どんな信条の人であっても読む価値がある書だと断言しておきたい。 なぜなら思想・心情に関係なく降りかかる事件や事故、災害に対処するためにも本書は役に立つに違いないからだ。

たとえば、著者は様々なインタビューやリサーチから危機的状況に立ち向かった戦士たちと暴力的な事件(9・11テロや学校での銃乱射事件など)の被害者たちに共通する、次のような身体的・心理的影響があることを示す。

  • 危機的な状況になると大小の失禁してしまう。
  • 友人や仲間が殺されるような場面を生き延びた場合、「自分ではなくて良かった」と最初に思う。
  • 犠牲者が亡くなった理由を根拠なく自分の所為だと思い込む。

最初の失禁は措いておくにしても、残りの2つについては知らないと事後、自分が利己的であり、救える命も救えなかった人間だと思い悩む原因となりかねない。

著者は精神的なダメージを軽くするために関係者一同が集まり、なにがあったかを話し合う事後報告会が有効であると述べている。 日本においても事件や事故、災害などで被害者がPTSDを発症するケースが多い。 被害者の二次被害を防ぐためにも事後報告会のような取り組みが必要とされるのではないだろうか。 著者が唱える事後報告会の意義、

人の命を救うためにあるのだ。(p.528)

は重く受け止めるべきだろう。

その他の興味深かったことについても触れておきたい。

そのうちのひとつが睡眠の重要性を示すために著者が引いている、ある砲兵大隊で行なわれた実験だ。 その実験とは大隊を4個中隊に分け、睡眠時間をそれぞれ7、6、5、4時間とし、20日間に渡り起きている時間はずっと砲撃訓練をするというもの。 その結果が

七時間眠っていた第一群は最高で九八パーセントの命中率をあげたが、第二群は五〇パーセント、第三群は二八パーセント、そして一日わずか四時間睡眠だった気の毒な第四群は、最高一五パーセントの命中率しかあげられなかった。(p.62)

というものだったそうである。 一般的な勤め人であればミスの連続といった感じだろうか。 1日4時間睡眠でずっとやっていけると考えている人(著者の言うところの「ミスター1日4時間睡眠」)は考えを改める必要がありそうだ。

また、前述した通り、極度の緊張状態となった際には911(日本でいえば、110や119)にダイヤルすることさえ難しいという事実も興味深かった。

  • 何度やっても番号案内にかけてしまう。
  • 外線発信番号をプッシュすることを忘れる。
  • 携帯電話で「番号をダイヤルしてから『通話』ボタンを押す」ことが思い付かない。

そんな状態に陥ってしまうそうだ。 対策として、普段から緊急電話へダイヤルすることを普段から練習をすることを著者は提案している(もちろん、電源を切るなり、電話線を抜くなりして実際にはかからない状態にしてから)。

普段の練習の他に、ストレスを軽減するために著者が推奨しているものが「戦略的呼吸法」と名付けている腹式呼吸だ。 これは怪我をした時やパニックに陥りそうになった時といった危機的な状況だけでなく、キレそうになった時などにも活用できると思うので引用しておく。

まず、ゆっくり四つを数えながら鼻から息を吸い、腹を風船のように膨らませる。そこで息を止めて四つを数えながら今度は口から息を吐き、空気の抜けた風船のように腹をへこませる。息を吐ききったところで、息を止めてまた四つを数えたら、この手順をまた最初からくりかえす。(p.537)

非常にシンプルな方法だが、「ゆっくりと深呼吸する」ことを普段から行なっている人であれば納得できるのではないだろうか。

著者はまた本書の中で暴力的な映画やテレビ、ゲームが子供に与える悪影響についても繰り返し警告している。 これまでにも散々言われていることであるし、「ゲーム脳」云々という名前を持ち出して反発する向きもあるのではないかと思うが、著者が事例として引いているスタンフォード大学が小学生を対象に行なった実験を読んだ限りでは信憑性があるように感じられる。 その実験によれば、テレビの視聴時間を一学期間減らした時、暴力の顕著な現象が見られたそうである。 この実験結果を信用するかどうかは別としても、少なくとも6〜7歳の人格形成期に暴力的なメディアに子供を接しさせないという対策は推奨されるべきだろう。

本書を読んだだけで、極限状態における精神的・身体的なコントロールが出来るようになる訳ではないのは当然である。 しかし、どういう現象が起きるかを頭の片隅にでも入れておけば、いつか役に立つ時がくるかも知れない。

備えあれば憂いなし。そんな言葉を実感させてくれる書だ。

戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫) 戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)
デーヴ グロスマン/Dave Grossman/安原 和見
筑摩書房
¥ 1,575

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