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ぽっぺん日記@karashi.org


2008-06-02(Mon) [長年日記]

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_ 企業戦士たちへの哀悼歌──夜にその名を呼べば (ハヤカワ文庫 JA サ 2-2)(佐々木 譲)

早川書房様より本が好き!経由で献本御礼。

佐々木譲についてはそれほど熱心な読み手ではないのだが、たまに読む度に「やっぱり、面白いなぁ」と感心させられる。

記憶にあるところだと『ベルリン飛行指令』や『昭南島に蘭ありや』、『総統と呼ばれた男』などはメチャクチャ面白かったし、最近では『制服捜査』が素晴しい出来の短篇集だった。

だが、本書『夜にその名を呼べば』については、その存在は知りつつも、なんとなく手に取る気にならず、ここまで来てしまった。 そんな作品の新装版が献本在庫に登録されたので、これもなにかの縁だと思い献本して頂いた次第。

結論から書くと、とても面白かったですよ。 昨日届いたのだが、あまりに面白くて一気に読んでしまった。

物語は1986年のベルリンからはじまる まだソ連が存在し、ベルリンも東西に分断されていた時代である。 欧亜交易のセールス・エンジニア、神崎哲夫は彼が関わった貿易が騒動になっていることを知る。 その取引が対共産圏輸出統制委員会(ココム)規則違反とされたのだ。 事件への対応をしようとした神崎だが、取引の仲介者が殺害されていた。 動揺する神崎を追い討ちをかけるように、彼もまた何者かに銃撃される。 証拠隠滅を図る親会社が彼の抹殺を企てたのだ。 さらには上司の殺害の濡れ衣をかけられ、警察にも追われる身となった神崎は東側に亡命することを決意。ベルリンの壁の向こうに消える──。

それから5年。 日本に住む神崎の母の元に統一されたベルリンから一通の手紙が届く。 それは神崎からのメッセージだった。 小樽港にきてください──。 同様の手紙は5年前の事件の関係者に届いていた。 神崎に殺されたとされた上司の娘、西田早紀の元にも。 続々と小樽へと向かう関係者たち。 神崎が帰国することを察知した警視庁公安部もまた小樽へ向かう。 関係者一同が集結した小樽の地で復讐劇の幕が開ける──というのが本書の骨子。

読書の興を削ぐので、本書の肝である復讐劇について書けないが、ラストは少々あっさり気味でありつつも、そこから溢れ出る寂寥感は胸にぐっとくる。 本書の解説で池上冬樹氏が、本書を「悲哀と孤独と絶望を醸しだして印象的」と表現しているが、まさにその通りだ。

本書を今まで手に取らなかった理由を考えるとみると、ココム違反という本書の導入部が1992年という本書の発表当時でさえ、古めかしく思えたせいではないかと思う。

しかし、今読んでみても、本書からは決して古びた印象を受けない。 その理由は、本書のテーマが「体制」や「組織」といったものではなく、忠誠を尽くしたにも関わらず報われない(それどころか切り捨てられる)個人という存在にあるからだろう。

親会社から抹殺されそうになっていることに気付いた神崎の嘆き、

終身の雇用を期待し、忠誠を尽くしてきた企業が、かくも冷酷に無慈悲に、社員の処分にかかっているのだ。(p.104)

や、神崎の母の述懐、

かわいそうなのは、日本の男性たちね。会社に尽くすだけ尽くして、生きる喜びなんて、ろくに楽しむこともできずに枯れ果ててしまう。企業戦士、なんて言葉をまるで讃えるように口にする人がいるものね。日本の男は、兵隊としての人生を生きればそれでいいと思っているみたい。(p.419-420)

はもちろんだし、穿った見方をすれば、殺害され「警察官はただ職務を果たしているだけなのに」と言われる刑事もそうだろう(個人的にはこの刑事については殺されても仕方がない感じはするが)。

「終身雇用」という言葉は既に半ば死語になりつつあるが、本書が書かれた当時はまだ日本全体で信じられていたものだった。 そんな状況の中で、身を粉にして働く「企業戦士」たちが活躍していたのだが、 本書は、そんな企業戦士たちへの「会社にいくら尽くしても報われない」という著者なりの警告とも捉えることができるかも知れない。

ひたすら重厚なストーリー展開で、「明るさ」がほとんどない本書であるが、営業本部次長が自分はビジネスウィークを定期購読しているのでアサヒゴルフしか読まない専務より能力があると心の内で呟いてみたり、石原裕次郎記念館を「正体不明の施設」と称してみたり、武闘派の刑事が印象そのままの「格闘技通信」を読んでいたりと、時折挿入されるユーモアとも皮肉ともつかない隠し味にニヤリとさせられたことも付記しておく。

傑作とまではいかないが、オススメできる佳作であることは間違いない一冊だ。

次の機会には、『このミステリーがすごい! 2008年度版』の栄えある1位に輝き、池上冬樹氏も大激賞の佐々木譲作品『警官の血』を読もうと思う。


夜にその名を呼べば

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書評/ミステリ・サスペンス

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