ぽっぺん日記@karashi.org
2008-07-06(Sun) [長年日記]
_ 現代の鯨捕りたちの姿を描き出す傑作ノンフィクション──
煙る鯨影(駒村 吉重)
これはスゴイ本。
捕鯨というと、シー・シェパードのよる調査捕鯨への妨害活動や、グリーンピースが捕鯨問題を告発する目的で調査捕鯨で得られた鯨肉を盗み出し逮捕された事件が記憶に新しいところだが、現在の日本沿岸でも商業目的の捕鯨が行なわれていることを本書で初めて知った。
たいがいの人はこう聞くと「捕鯨は禁止されているんでしょ?」や「もしかして密漁?」などと反応することがほとんどではないかと思う。
しかし、きちんと日本政府に認められた小型商業捕鯨船が存在するのだ。 それもたった5艘だけ。
本書はそのうちの1艘、
総トン数三十二トン、全長二十三・八メートル(p.20)
という「第7勝丸」に5ヶ月間同乗した著者によるノンフィクションである。
商業捕鯨が実質的に禁止されることになったのは、1982年にIWC(国際捕鯨委員会)で「商業捕鯨の一時停止」──いわゆる「捕鯨モラトリアム」が採択されたことに端を発する。 主にミンク鯨を捕ることで生計を立てていた小型捕鯨船は、その捕獲を禁止されたことを受け、IWCの管理外の小型種であるゴンドウ鯨やツチ鯨を捕ることに活路を見出そうとした。
しかし、それは苦難の道であった。
一時的な処置であったはずのモラトリアムが実施されてから25年以上がすぎた現在、一般家庭の食卓に上がることがほとんどなくなった鯨肉の価格は下落の一途をたどり、商業捕鯨は崖っ縁にあるといっても過言ではない。 本書の取材は平成18年に行なわれているため、さほどでもないが、今年に入ってからの大幅な原油高がその状況に拍車をかけていることは想像に難くない。
捕鯨といえば、とかくその是非の方向に筆が走りがちであるが、著者は二元論のどちらにも与しない。 IWCの閉鎖的かつ非科学的な態度を浮き彫りにする一方で、このような状況を招いた日本の節度のない乱獲も指摘する。
とはいえ、本書において捕鯨問題はあくまで背景である。 その主眼は、著者が
数少ない捕鯨国のひとつである日本になかにあってすら、置き去りにされたような商業捕鯨の現場に身を置く男の姿に興味があるだけだった。あるいは、まるで将来の見えないその業界で、腕一本を拠りどころに飯を食っている職人たちに、ごく自然と畏敬の念を持っただけのことだった。(p.23)
と記していると通り、16世紀から脈々とつづけられてきた捕鯨の伝統を受け継ぐ海の男たちを描き出すことにある。 本書からは、巧みに逃げる鯨を自らの経験と運を頼りに追う乗組員たちの男くさくも魅力的な姿が立ち上がってくる。
また、本書は、終始著者に対して心を開くことがなかった捕鯨船の船長の姿を通して、言ってみれば「外部の人間」にしか過ぎない取材者が取材対象者との間に「理解」や「共感」という共通の感情を持つことがいかに難しいことであるかを伝える。
第14回「小学館ノンフィクション大賞」を受賞した本書であるが、「あとがき」によれば、その選考過程において捕鯨問題への態度を明確にしない姿勢を批判する声があったとのことである。 しかし、そのニュートラルな視点があったからこそ、捕鯨に生きる男たちを活写することに注力でき、傑作の名に値する作品に結実したのではないかと思う。
現代の鯨捕りを知ることのできる好著である。 捕鯨問題の入門書としてもオススメしたい。
_ 今日のできごと
ホームセンターに畑で使う肥料や消毒薬を買いに行ったら、「次回の入荷から肥料やペットフートが値上げされます」ってなアナウンスが流れていた。 値上げばかりだなー。
帰宅して、
- コーヒーをこぼしてシミをつけてしまったカーペットの掃除
- 火災報知器の取り付け
- 捨てるビン・缶のまとめ
- ワイシャツを夏物に交換
- 布団その他を洗濯して収納
あたりの雑事をこなす。
夕方までに仕事を終えて本を読んでいたら、そのまま小一時間ほど寝てしまった。


まで頂ければ幸いです。
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