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ぽっぺん日記@karashi.org


2008-08-10(Sun) [長年日記]

_ イスラエルとパレスチナ問題の根幹にあるものを思想面から探る一冊──ユダヤとイスラエルのあいだ―民族/国民のアポリア(早尾 貴紀) ユダヤとイスラエルのあいだ―民族/国民のアポリア(早尾 貴紀)

パレスチナ問題を「ユダヤ人国家」として建国されたイスラエルをその根幹にある思想面から批判的に考察しているのが本書。

イスラエルに憲法がないことは、本書を読んで知った。 憲法の代わりとして使われているのが、建国の際の「国家独立宣言」である。 そこには次のような一文がある。

イスラエルの預言者たちによって語られた自由と正義と平和を基礎におき、宗教、人種、性別にかかわりなくすべての住民に、完全な社会的および政治的な平等を確保する。(p.62)

このような理念に基づいて建国されたはずのイスラエルにおいて、数の上では圧倒的に多数派のはずのアラブ人が「少数民族」とされ、権利を制限された事実上の「二級市民」とされている。 著者は、帰属する国を持たず、その帰結としてそこにナチスによるホロコーストという大虐殺を経験したはずのユダヤ人が、アラブ人たちを弾圧し無国籍の民へと貶めているという大きな矛盾を見る。

しかし、すべてのユダヤ人がそのような階層社会を肯定していた訳ではなかった。 著者はマルティン・ブーバー、ハンナ・アーレント、ジョディズ・バトラー、アイザイア・バーリン、エドワード・サイードといったユダヤ人でありながらイスラエルのあり方に異を唱えた思想家たちの主張を引きつつ、なぜ、二民族共存国家という理想が潰されたのかを描き出していく。 そこから浮かび上がるのは、ユダヤ人というアイデンティティを持つがゆえに思想家たちが抱えた葛藤である。

イスラエルについては戦争史という面からであるならば、ある程度把握しているつもりだが、思想的な背景ということになると、さっぱりというのが実のところだ。 ほとんど哲学とは縁のない人生を送ってきたせいもあって、本書のどれだけを理解できたのかといえば、いささか心もとないところではあるのだが、非常に刺激を受ける内容ではあることは間違いない。

特に、ユダヤ人の民族的悲願と思っていたディアスポラの解消をユダヤ教の視点から否定する思想があることには驚かされた。 先日出版されたディアスポラの力―ユダヤ文化の今日性をめぐる試論(ジョナサン・ボヤーリン/ダニエル・ボヤーリン) ディアスポラの力―ユダヤ文化の今日性をめぐる試論(ジョナサン・ボヤーリン/ダニエル・ボヤーリン)がそのような思想を唱える ボヤーリン兄弟によるものということなので、固そうな本であるが、いずれ挑戦してみたいと思う。

イスラエルとパレスチナ問題の根底にあるものを知ることができるという点で非常に意義のある書である。 ただ、冒頭に掲載されている論考『「偽日本人」と「偽ユダヤ人」』については少々首をかしげたくなった。 多民族国家になりつつあるのに、イスラエルはシオニズムを捨てず、日本は天皇制と戸籍制度を捨てないという指摘の乱暴さは横に措くにしても*1、日本が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)への偏見があるとする一文には納得することができない。 少なくとも拉致問題には関しては、日本国民の安全が脅かされたという点で警戒心を持つのは当然ではなかろうかと思う。 それは偏見とはまた違ったものだろう。

*1 正直なところ、国家消滅の危機感を持つイスラエルと、国民の大多数がそんなことを考えたこともない日本との間でそのような比較が成立するのかどうかも疑問ではある。

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